茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

正覚寺庭園 ~兵庫県篠山市~

正覚寺(しょうがくじ)は、兵庫県篠山市にある浄土宗の寺院です。書院裏手には、近代日本庭園界の巨匠・重森三玲により作庭された、池泉観賞式の蓬莱庭園があります。

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庭園は、もともとあった池泉を大幅に改造する形で、昭和45年(1970)に作庭されました。池泉に鶴島、亀島を一つずつ配置して、北東隅の山畔(写真中央奥)には滝石組を設けています。

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青石を用いた鋭い石組や洲浜風の汀線、山畔のサツキ類の刈込みなど、重森三玲の作風をよく表しています。

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池泉中央に配置された鶴島。立石で鶴首を、青石の巨石で羽石を表現し、護岸石組も二重に組むなど、豪華な意匠となっています。

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鶴島の北部に配置された亀島。北東部(右)の強く傾斜させた亀頭石が印象的です。

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北方から見た亀島(手前)と鶴島(奥)。観賞主体の庭園ですが、石橋が渡され廻遊もできるようになっています。

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池泉南西部には舟石も配置されています。

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山畔にある滝石組は、三玲が好んだ龍門瀑となっています。鯉魚石が直接水を受ける鹿苑寺式の龍門瀑で、2メートル以上ある水落石や傾斜角度の強い添石など、同年に作庭された半べえ庭園(広島市)のものと酷似しています。

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亀島北部の石橋。青石の巨石を用いた豪快な手法の石橋です。

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池泉南部の石橋の袂は出島となり、鋭い石組が施されています。

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池泉西岸の護岸石組。

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池泉東岸は、洲浜風の苔地の汀線に、護岸石組をリズミカルに配置しています。

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山畔から庭園を見下ろす。躍動的な石組、龍門瀑、洲浜風の地割など、重森三玲の感性が遺憾なく発揮された庭ですが、近年、池泉に防鳥ネットが張られ、観賞の妨げになっている点が惜しまれます。

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正覚寺は、江戸時代に実誉善西が建立したとされる寺院です。篠山市街からバス(八上本町下車)と徒歩で訪問することができますが、バスは本数が少ないため注意が必要です。なお、庭園も含め拝観には事前予約が必要です(お寺の了承を得て、庭園の写真を掲載しています)。

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篠山観光ホテル如月庵庭園(旧畑宗志氏邸庭園・逢春庭) ~兵庫県篠山市~

篠山観光ホテルは、城下町として知られる兵庫県篠山市にある宿泊施設です。その食事処である如月庵に、重森三玲が手掛けた枯山水庭園があります。

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庭園は、禅院で見られる枯山水と茶庭(露地)を融合させたような様式となっています。全体を白砂敷とし、東部に苔地の小築山を設け、洲浜風の入り組んだ汀線としています。

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庭園の主景となる三尊石組。手前の鋭く傾斜した石は舟石のようです。

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先ほどの三尊石組の南側に、もう一つの三尊石組があります。

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舟石の向きからすると、こちらの三尊石組は蓬莱石組ということになるでしょうか。

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庭園南部から北部の石組を望む。

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庭園北部の石組。庭園内の石組は、北部から順に7石、5石、3石となっており、七五三石組としての意匠と思われます。

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白砂敷部分に飛石を打つのは、康国寺庭園絲原氏庭園など出雲流庭園によく見られる、枯山水に茶庭の要素を取り入れた手法と言えるでしょう。

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庭園中央にある袖垣。角を落とした玉袖垣になっています。

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如月庵庭園はもともと当地にあった畑宗志氏邸の庭園として、昭和44年(1969)に作庭されました。今回は篠山観光ホテルを宿泊で利用したのですが、女将さんにお願いして、翌朝に庭園を見せて頂くことができました。なお、現在は重森三玲の孫である重森千靑(ちさお)氏が、定期的に庭園の手入れに来られているそうです。

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観正寺庭園 ~兵庫県豊岡市~

観正寺(かんしょうじ)は、兵庫県豊岡市にある、臨済宗南禅寺派の寺院です。書院の北側に、江戸末期の文化4年(1807)作庭とされる枯山水庭園があります。

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庭園は書院からの観賞を本位とした、築山式枯山水庭園です。山畔を埋め尽くすような石組は朝来市の護念寺庭園とよく似ていますが、作者は同じ岩崎清光とされます。

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山畔には、2つの枯滝石組が設けられ、下方で合流します。

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向かって左手の枯滝石組。

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向かって右手の枯滝石組。

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全体的に平石や横石が多く用いられていますが、枯滝の添石は立石を用いた鋭い手法となっています。

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山畔頂部の蓬莱石(左手)と遠山石(中央)。三尊のような配置になっています。

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向かって右手の山畔頂部にも、遠山石風の石組が見られます。

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山畔下部の石組。

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山畔下部の石組。

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山畔の前面には、飛石が打たれています。

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江戸末期では植栽や景観を主体とした自然主義庭園が多くなる傾向にありますが、観正寺庭園は江戸末期の但馬地方における石組本位の作庭例として、護念寺庭園とともに興味深い遺構と言えます。なお、庭園を拝観する場合は事前に電話確認を入れた方が良いでしょう。

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高源寺庭園 ~兵庫県丹波市~

高源寺は、兵庫県丹波市にある臨済宗中峰派の寺院です。仏殿の左手には、江戸中期に作庭された池泉庭園「心字池」があります。

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室町時代には既に境内に庭園が存在していたようですが、現在の形に整備されたのは、天岩明啓(てんがんめいけい)により寺が再興された、享保年間(1716~1736)とされます。

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上部から見下ろした庭園。池泉はコの字形をしていますが、後世に改変されているようです。

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庭園中央は北部から大きく張り出した出島状の地形で、もともと中島だったのではという気がしますが、記念碑が立てられるなど改変を受けており作庭当初の姿は不明です。

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汀線は曲線が多く、一種の曲水式のようにも見えます。

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護岸には、ほぼ全周に石組が組まれています。石組は全体的に丸みを帯びた石が多いですが、立石や平石を織り交ぜ、変化をつけています。

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池泉西部の石橋と橋添石。

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池泉南部の石橋。岩島が2つの石橋を繋いでいます。

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庭園北東部にある滝。石組は全体的に弱めで、作庭当初からのものなのかは不明です。

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「心字池」より一段上、方丈の南部にも、山畔を利用した築山があります。




築山には石組や枯流れの意匠が見られます。築山は「大痩嶺」と呼ばれ、室町時代の画僧・雪舟が作庭したとする伝承があるようですが、詳細は不明です。





枯流れ上部にある遠山石風の石組。

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築山頂部から枯流れを見下ろす。

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高源寺は、鎌倉時代の正中2年(1325)に開創され、室町時代には後柏原天皇の勅願寺となり隆盛を極めます。戦国期の兵火により衰退しますが、江戸中期には天岩明啓、江戸末期には弘巌玄猊(こうがんげんげい)により再興されています。「もみじの寺」と呼ばれ、春には新緑、秋には紅葉の名所として知られています。

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圓明寺庭園 ~兵庫県朝来市~

圓明寺(えんみょうじ)は、兵庫県朝来市にある、臨済宗妙心寺派の寺院です。本堂から書院の裏手にかけて、2つの池泉庭園があります。

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<本堂北庭>
2つの庭園のうち、西側にある本堂北庭は、明治24年(1891)頃に作庭されたものと推定されています。

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自然主義庭園が主流となった明治期の庭としては珍しく、池泉に蓬莱、方丈、瀛州(えいしゅう)の三仙島と思われる3つの中島を配した、伝統的な蓬莱庭園の様式を取っています。




3つの中島のうち、最も西のものは亀島としての意匠が施されており、蓬莱島と思われます。

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3つのうち、中央に位置する中島。方丈島でしょうか。

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最も東にある中島。こちらは瀛州島でしょうか。中央か東部の中島は西の亀島に対する鶴島かと思いましたが、いずれも鶴らしき意匠は確認できませんでした。

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中央と東部の中島は石橋で繋がれています。2つの石橋を繋いだ、明治期にしては古風な二橋式の手法となっています。

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正面の山畔下部には座禅石とされる、2つの切石が置かれています。

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<書院北庭>
2つある庭園のうち、東側のものは書院北庭として築かれています。

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書院北庭は江戸末期に作庭されたものと推定されています。小さな池泉の奥に小築山を設け、石組を施しています。

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小築山にある石組。

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書院北庭の北方、山畔の下部にも、小ぶりの石を用いた石組が見られます。

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圓明寺の由緒については情報が見つけられず不詳ですが、但馬地方において明治期の庭園が残されていること、そしてその庭園が明治期にしては珍しい神仙蓬莱に基づいて作庭された庭園であるということが、非常に興味深いところです。石組など造形的な魅力には欠けるものの、古庭園が多く残る朝来市和田山地区においては、出色と言えるでしょう。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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