茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

竹林院庭園 (群芳園) ~奈良県吉野郡吉野町~

竹林院は、桜の名所・吉野にある、単立(どの宗派にも属さない)寺院です。境内には、桃山時代作庭とされる池泉庭園「群芳園」があります。

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現地案内板では文禄3年(1594)、豊臣秀吉が吉野で花見を行なった際に、もとあった室町期の庭園を千利休または細川幽斎(藤孝)に改修させたとありますが、文禄3年時点で千利休は既に死去しているため、細川幽斎改修説が有力と思われます。





庭園は、山畔を利用した池泉廻遊式の様式をとります。かつては庭園の北東部に書院があったらしく、廻遊式庭園ながら主に北側からの観賞を本位としています。

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池泉西部には出島が設けられ、その右手には鶴島が配置されます。

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三角形の羽石を冠した、鶴島。

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池泉の中央付近には、亀島もあります。

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亀島の左右には岩島が配置されています。右手のものは2つの石から構成されています。

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亀島左手の岩島は、3つの石で構成されています。鶴島・亀島と岩島を合わせると、七五三の形式になります。

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岩島のすぐ奥、池泉南岸には蓬莱石が意匠されています。護岸付近に板状の巨石で蓬莱石を意匠するのは、桃山時代の庭園によく見られる手法とされます。

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山畔東部にある滝石組。頂部を三尊手法、下部を渓谷風の流れとし、石橋を架けて玉澗流の滝としています。

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池泉東部の出島。二重に組まれた護岸石組は、室町期のものとも言われます。

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出島付近の護岸石組。右手には洞窟石組らしきものも見えています。

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庭園東端にも、斜面を利用した集団石組が見られます。

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竹林院は、弘法大師空海により創建された椿山寺が起源とされ、至徳2年(1385)に後小松天皇の勅により竹林院と改められました。庭園は、当麻寺中の坊庭園、慈光院庭園とともに「大和三名園」と評されています。

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琴ノ浦温山荘 ~和歌山県海南市~

和歌山県海南市にある琴ノ浦温山荘は、大正~昭和初期にかけて造営された、新田帯革製造所(現・ニッタ株式会社)の創業者・新田長次郎の別荘です。現在も広大な庭園の中に、大正期に建てられた主屋、浜座敷、茶室などの建築が残されています。

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主屋は大正5年(1916)に建てられた、木造平屋(地下一階)建ての和風建築です。設計は、愛媛県庁舎や旧久松家別邸(萬翠荘)などの作品で知られる木子七郎によります。

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主屋西面は地下室が露出していて、二階建てに見えます。地下室はダンスホールとして使用されていたようですが、内部は後世に改修を受け往時の面影はありません。

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主屋北側に設けられた玄関。

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玄関内部は式台に格天井と、格調高い造りになっています。

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玄関を振り返る。

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主屋に入ると左手に10畳の座敷があります。大正中期の増築とされ、天井には新田ベニヤ製造所による初期のベニヤ板が使用されています。

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座敷には南・東の二面に入側が通され、外に庭園を望むことができます。洋風の椅子とテーブルは往時からのもののようです。

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座敷の欄間は、直線を強調したモダンなデザイン。

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24畳もの広さのある主座敷。琵琶床と付書院を備えた書院造りになっています。

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主座敷の周囲には広縁が巡らされ、開放的な造りになっています。

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桐と鳳凰の透かしが施された、主座敷の照明。

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主座敷の欄間には、珍しい意匠が見られます。

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よく見ると、欄間には兎の彫刻が施されています。

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襖の引手も、様々なデザインのものが見られます。

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こちらは七宝焼を用いた引手。

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温山荘の庭園は、1800坪もの広さを誇り、池泉は海水を取り入れた潮入の庭となっています。明治・大正期は日本庭園が著しく堕落した時代ですが、温山荘庭園もただ広いだけで芸術性が乏しく、見るべき箇所はほとんどありません。

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庭園の一画にある茶室「鏡花庵」。大正9年(1920)に建てられたものです。





庭園の南西隅にある浜座敷。温山荘では最も古い大正2年(1913)の建築で、かつては海に面していました。




温山荘は造営当時、和歌浦湾に面した風光明媚な別荘で、皇族や桂太郎、東郷平八郎、秋山好古、清浦吾といった錚々たる面々も訪れています。現在は埋め立てにより海岸線は後退、周囲の風景は大きく変わってしまいましたが、大正~昭和初期の建築と庭園が一体となって完存していることは貴重で、庭園は国の名勝、建造物については国の重要文化財に指定されています。

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和歌山城西の丸庭園 ~和歌山県和歌山市~

和歌山城は、江戸時代を通じて紀伊徳川家代々の居城として使用された近世城郭です。西の丸址には「紅葉渓(もみじだに)庭園」と呼ばれる、桃山時代~江戸初期作庭と推定される池泉廻遊式庭園があります。

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庭園は、西の丸と二の丸の間の水堀を利用して築かれています。堀が山畔に突き当る部分を池泉として石組や植栽を施し、背後の山畔から池泉に流れ込むように流れや滝を設けています。

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池泉中央にある2つの岩島。右手の大きなものは舟石とされます。

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池泉北部の出島。庭園内の石組のほとんどは昭和48年(1973)に和歌山市により改修されており、作庭当初の手法はほとんど残されていないようです。

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出島を対岸の南部山畔から見下ろす。

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南部護岸石組は、紀州青石の巨石を用いた豪壮なものになっています。山畔の上部には滝石組が見えています。

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南部山畔上部の滝石組。巨石をふんだんに使用していますが、こちらも昭和の時代に改修されているようです。

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滝から落とされた水はそのまま流れとなり、斜面を下って池泉へと流れ込みます。

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流れが池泉へと落ち込むところにも、小さな滝石組があります。

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池泉西部の山畔にも、斜面を伝うように流れが意匠されています。

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流れの途中には、青石の自然石を用いた石橋があります。この辺りは、いかにも桃山~江戸初期らしい力強さが感じられます。

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流れの途中にも、いくつもの小さな滝石組が見られますが、これらもどこまで当初の姿が残されているのかは不明です。

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西部流れの上流にある滝石組。かつて背後の山畔頂部には、離れ座敷・聴松閣と茶室・水月軒が建っていました。

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庭園東部は、城の水堀をそのまま池泉に見立てるという、特異な形態となっています。北岸には鳶魚(えんぎょ)閣と呼ばれる建築があり、堀の東部(写真中央やや右)には柳島と呼ばれる中島が配置されています。

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鳶魚閣脇の、巨石を用いた護岸石組。

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堀の西部、山畔の頂部には高さ2メートル近い巨石による蓬莱石が意匠されています。

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水堀に架けられた御橋廊下(復元)。二の丸と西の丸を結ぶ橋で、この橋が庭園の北東端の境界となっています。

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廊下橋から見た柳島。

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西の丸庭園の作庭に関する記録は残されていませんが、浅野氏が城主だった元和年間に、浅野氏客分・上田宗箇により作庭されたと推定されています。上田宗箇は他に、徳島城表御殿庭園や広島の縮景園を手掛けています。

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和歌山城はもともと豊臣秀吉の弟・秀長により築かれた城で、慶長5年(1600)に入城した浅野氏により、天守や石垣が築かれるなど近世城郭として整備されました。現在の天守は、戦災で焼失した幕末の頃のものを、昭和33年(1958)に鉄筋コンクリート造により復元したものです。

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粉河寺庭園 ~和歌山県紀の川市~

粉河寺(こかわでら)は、和歌山県紀の川市にある、天台宗の名刹です。本堂手前の枯山水庭園は、和歌山県を代表する庭園として知られています。

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庭園は、本堂に向かう石段の両脇、崖地に石組と植栽のみによって構成されるという、一般的な庭園のイメージとはかけ離れた斬新かつ衝撃的な庭です。

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崖地は紀州産青石や紫石の巨石で埋め尽くされています。圧倒的な石組と石そのものの美しさに目を奪われます。

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豪壮な石組手法から、桃山時代から江戸初期にかけて作庭されたものと考えられてきましたが、最近の発掘調査により、江戸末期の本堂再建と合わせて作庭された可能性が指摘されています。

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石段の向かって左手が、庭園の主景となります。酷暑の影響で、紫外線避けの覆いが施されていたのが残念…

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向かって左手の石組の石段寄りには、頂部に遠山石が意匠されています。すぐに倒れてしまいそうな危うさが、独特の美しさを感じさせます。

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遠山石下部にある、亀頭風の石組。

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庭園西方には枯滝石組があります。右手上部に蓬莱石を立石により意匠し、そのすぐ下部には自然石による石橋を架ける玉澗流の滝石組となります。




枯滝の左右両脇には、鶴亀の石組が対応する形で意匠されています。鶴石組(左手)は羽石である巨石と首石である立石で、亀石組(右手)は同じく巨石とその左手に長く突き出た亀頭石で構成されます。

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近くで見ると、鶴亀の巨石は、手前側に驚くほど強く傾斜させて組まれていることが分かります。このような巨石をこれだけ傾斜させるには、かなりの技法が必要と思われます。

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庭園西端の石組。下部には洞窟石組も見られます。

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石段から向かって右手の石組。東方(手前)に向かうにつれ、石組は徐々に穏やかになっていきます。

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向かって右手の石組には、立石を縦や斜めに直線的に配した、鋭い意匠が見られます。

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先述のように、粉河寺庭園の作庭年代については資料がなく不明ですが、石組の意匠は、徳島城表御殿庭園名古屋城二の丸庭園を彷彿とさせる、いかにも桃山時代的なもので、これが江戸末期のものだとすれば驚くべきことです。

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同じく桃山時代作庭と言われてきた阿波国分寺庭園も、近年の発掘調査により江戸末期に現状の姿になったことが分かっており、これらの事実は、手法や様式に基づく作庭年代の推定の限界を物語っているとも言えます。

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旧和歌山県会議事堂 ~和歌山県岩出市~

旧和歌山県議会議事堂は、明治31年(1898)、和歌山市一番丁に建てられた木造和風建築です。木造和風の県議会建築としては現存最古とされ、現在は岩出市根来に移築、一般公開されています。

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建物は、正面の本館とその奥に続く議場、控室の大きく3つの棟に分かれています。本館は正面左右に張り出しを設け、屋根は入母屋造り桟瓦葺で銅板葺の庇を備え、外壁は漆喰塗りで腰部は下見板張りになっています。





玄関には唐破風を冠した立派な車寄せが設けられています。懸魚(げぎょ)や笈形(おいがた)の彫刻、格天井も見事です。

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本館一階・傍聴人控所。現在は建物の概要についての展示室となっています。

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本館一階・接見所。こちらは和歌山県出身の偉人についての展示室になっています。

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本館の階段。本館では東西に一つずつ階段があり、これとは別に議場二階の傍聴席に至る階段も設置されています。

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本館二階・議長室。現在は和歌山県議会の歴史についての展示室となっています。

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本館二階・書記室。

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本館二階・議員休憩室。

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議員休憩室の釘隠し。

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夏目漱石も講演したという、本館南に続く議場。杉の杢目板を用いた見事な折上格天井が見られます。

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議場の正面奥には、唐破風を冠した床の間が設けられています。演壇のようにも見えますが、往時は国旗や盆栽が飾られていたようです。

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唐破風周辺には、鬼板や鶴亀の彫刻など、伝統的な建築意匠が凝らされています。

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議場の東北西の三面には、二階部分として傍聴席が設けられています。

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傍聴席から議場を見下ろす。傍聴席は立入禁止で、許可を得て撮影しています。

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旧和歌山県会議事堂は昭和13年(1938)、県庁舎建設により議事堂としての役割を終えます。その後は、保証責任和歌山県信用購買販売利用組合連合会(現JA和歌山)の事務所や、根来寺の集会所「一乗閣」として使用されました。平成24年から27年にかけての保存整備事業により建設当初の姿に復元され、現在では国の重要文化財に指定されています。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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