茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

多賀の古い町並み ~滋賀県犬上郡多賀町~

古くから多賀大社の門前町として栄えてきた多賀、現在も多賀大社表参道である絵馬通りには、古くからの建物が点在し、門前町の雰囲気を残しています。

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多賀大社前駅から多賀大社方面へ続く絵馬通りの入口、大鳥居の脇に古い旅館建築が残ります。現在は「もんぜん亭」として、地域のコミュニティスペースとして利用されているようです。

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絵馬通りを多賀大社に向かって歩を進めると、右手にモルタル壁の瀟洒な和洋折衷建築が見えてきます。現在も個人宅として使用されています。

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小川を渡るとT字路に突き当ります。左へ進むと、古い民家がぽつぽつ現れます。

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通りが東へ折れる辺りから、古い民家が多くなってきます。こちらの町屋は二階部分のファサードとうだつに洋風の意匠が見られます。

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国の有形文化財に登録されている老舗料亭旅館・かぎ楼。ベンガラ仕立ての壁と3階建ての楼閣が特徴的な和風建築で、明治10年(1877)竣工、大正年間に増築されています。

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かぎ楼から絵馬通りをさらに歩くと、本格的に古い建物が多くなってきます。

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二階建ての主屋が立派な個人宅。大正〜昭和初期頃の建築でしょうか。

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多賀大社に近づくにつれ、飲食店や土産店が増えてきます。今回訪問時は絵馬通りの路面工事中でしたが、街灯やベンチが新設されるなど、以前とはだいぶ雰囲気が変わっていました。

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鳥居のすぐ近くには、土産店が建ち並んでいます。夕方だったのでシャッターが閉まっていますが、日中は観光客で賑やかになります。

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※ 以下、2014年訪問時の写真です。


絵馬通り沿いのかめや旅館。かぎ楼の向かいにあり、かぎ楼と同じく国の有形文化財に指定されています。

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現在かめや旅館が営業しているのかは不明ですが、大正13年(1924)竣工の本館は、向かいのかぎ楼とともに多賀の町並みのシンボル的存在になっています。

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道路整備前の絵馬通り。現在と比べ鄙びた雰囲気です。

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『古事記』にも登場する古社・多賀大社。現存の建造物はほとんどが明治以降に再建されたものですが、森に囲まれた境内は、いつ来ても神秘的な空気に包まれています。

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道路が整備されたり古民家を利用した新しいカフェが増えたりと、少しずつ雰囲気が変わりつつある多賀ですが、賑やかさと静けさを兼ね備えたような独特の雰囲気は以前から変わらず、何度訪れても不思議な魅力を感じさせてくれる町並みです。

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日野の古い町並み ~滋賀県蒲生郡日野町~

滋賀県南東部に位置する日野町は、近江商人の一つ・日野商人発祥の地として、また戦国武将・蒲生氏郷で知られる蒲生氏ゆかりの地として知られる町です。

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日野にはもともと、商人と職人の町が形成されており、戦国時代の天文2年(1533)、六角氏の家臣だった蒲生定秀が西大路に日野城を築城すると、その城下町として整備されました。

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定秀の孫・氏郷は楽市楽座を導入するなど商工業振興を推進し日野は大いに発展しましたが、蒲生氏の会津への移封とその後の御家断絶により衰退、代わって漆器や合薬の行商で全国を回るスタイルが定着します。

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南大窪町の個人宅。南大窪町には、塀で囲まれた立派な旧家が多く残されています。

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南大窪町の個人宅。和風の主屋に、戦前の洋館が隣接して建てられています。

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南大窪町の旧山中兵右衛門邸。日野商人・山中兵右衛門の旧宅で、現在は近江日野商人館として公開されています。次回詳しく取り上げます。

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清水町の町並み。清水町にも古い民家が点在しています。

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大窪越川(えちがわ)町の町並み。蒲生定秀が日野城築城の際、愛知川(えちがわ)宿(現在の愛知郡愛荘町)から住民を移住させ城下町としたことから、「越川」と呼ばれるようになったようです。

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大窪にある旧正野玄三薬店。日野合薬の元祖「感応丸」の製造元で、現在は「日野まちかど感応館」として観光案内所になっています。

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旧正野玄三薬店の隣にある個人宅。塀の向こうに二階建ての立派な主屋が見えます。

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新町にある江戸時代の大庄屋・西田家住宅。左手の塀には、日野の旧家特有の「桟敷窓」が見られます。

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西大路の旧山中正吉邸。日野商人・山中正吉の旧宅で、「近江日野商人ふるさと館」として公開されています。次々回の記事で詳しく取り上げます。

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大字松尾の鮒吉。立派な料亭ですが、現在も営業しているのかは不明です。

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松尾や大窪周辺には、戦前の洋風建築もいくつか見られます。こちらは下見板張りとモルタルで仕上げられた、松尾の輪田歯科。

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大字大窪の洋館・旧住井歯科医院。設計はヴォーリズ設計事務所です。

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蒲生家の断絶後、行商を始めた日野商人は、当初日野椀と呼ばれる漆器を取り扱っていましたが、日野椀の人気が下火になると、正野玄三の感応丸をはじめとする合薬の行商がメインとなります。日野における製薬は明治以降も続き、太平洋戦争中には日野町内の製薬会社が合併して日野薬品工業株式会社が誕生、現在も現役の製薬会社として活躍しています。近江商人の町として知られる日野町ですが、同じ近江商人の町である近江八幡や五個荘と比べると観光客は少なく、落ち着いた雰囲気に包まれていました。

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五個荘の古い町並み ~滋賀県東近江市~

滋賀県東近江市の五個荘(ごかしょう)は、近江商人の一つ・五個荘商人発祥の地で、現在でも古い町並みが良く残されています。2015年5月に訪れました。

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水路沿いの白壁が美しい、金堂町の弘誓寺。金堂町は五個荘の町並みにおいて中心的な地区で、水路沿いに古い民家が並ぶ、情緒的な風景が見られます。

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金堂町の通称「あきんど通り」。左手には「近江商人屋敷」として公開されている、旧外村(とのむら)繁邸と旧外村宇兵衛邸が続きます。

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旧外村繁邸は、芥川賞作家・外村繁の生家で、明治期に外村宇兵衛家から分家したものです。現在は外村繁文学館として公開され、二階建ての主屋と、茶庭風の庭園が残されています。

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旧外村繁邸に隣接する、旧外村宇兵衛邸。金堂町に残る3つの近江商人屋敷の中で、最も規模が大きなものです。

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旧外村宇兵衛邸には、明治期のものと思われる池泉庭園や、露地風の庭が残されています。

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旧外村宇兵衛邸を後にし、さらに金堂町を歩きます。

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金堂町北側の町並み。左手には、近江商人屋敷として公開されている旧中江準五郎邸があります。

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旧中江準五郎邸の主屋と庭園。大正~戦前にかけて中国・朝鮮半島で三中井(みなかい)百貨店を展開し「百貨店王」と呼ばれた、中江勝次郎の生家で、中江準五郎はその弟にあたります。

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金堂町の西南に位置する、川並町の町並み。現在も狭い路地沿いに古い家並みが残されています。

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金堂町の北東・宮荘町にある、旧藤井彦四朗邸。

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藤井彦四朗は、「スキー毛糸」の製造で知られる藤井糸店の創業者で、本邸は昭和9年(1934)に建てられたものです。

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旧藤井彦四朗邸の洋館内部。洋館はヨーロッパの古民家をイメージして設計されたもので、客殿として使用されていました。

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旧藤井彦四朗邸には池泉回遊式の庭園が残ります。造形的魅力に欠ける景観主体の自然主義庭園ですが、エメラルドグリーンの池泉は息を飲む美しさでした。

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五個荘はもともと稲作中心の農村でしたが、低湿地で水害が多く、農業だけでは生活が苦しかったため、江戸時代には副業として行商を行う者が現れ、これが五個荘商人の起源となりました。なお、訪問時は時間切れで回れませんでしたが、金堂町の南方・山本町にも、五個荘商人の町並みが残されています。

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堅田の古い町並み ~滋賀県大津市~

「浮御堂」で知られる大津市北部の堅田は、古く湖上交通で栄えた町です。現在でも浮御堂や伊豆神社の周辺には古い町並みが残されています。

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本堅田にある「堅田三大豪族」の一つ、居初氏邸。「天然図絵亭」と呼ばれ、琵琶湖に臨む庭園で知られます。いつかは訪れてみたいと思っているのですが、今回も時間の都合上訪問できず。。

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居初氏邸の近くには古い商店が残っています。

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本堅田は至る所に狭い路地が入り組んでいます。奥には琵琶湖が見えます。

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堅田は平安時代には下賀茂神社の御厨(みくりや)とされ、琵琶湖での漁業権と通行権を与えられていました。これらの特権を背景に経済力を強めていき、中世には「堅田衆」による自治統治が行われ、織田信長や豊臣秀吉など時の権力者からも特権的地位を認められるなど、大いに繁栄しました。

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本堅田一丁目の町並み。江戸時代にはこの辺りに陣屋が置かれ、堅田藩が成立しました。戦国時代には、当時の宣教師ルイス・フロイスから「甚だ富裕なる町」と評された堅田でしたが、江戸時代に入ると漁場を巡る他の港との紛争や内紛により、徐々にその影響力は減退していきました。

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琵琶湖に面した、陣屋の舟入跡。石垣が往時のものなのかは不明ですが、今でも舟入の形状をよく残しています。

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本堅田一丁目にある「湖族の郷資料館」。「湖族」とは、堅田の繁栄を築いた「堅田衆」のことで、資料館では堅田の歴史や文化を紹介しているようです。

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資料館周辺には、古い民家が点在しています。

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陣屋址のすぐ脇にある伊豆神社。なんで堅田で伊豆?と思いましたが、静岡県伊豆の伊豆大権現を祀っているそうです。

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堅田の中心部は現在では堅田駅の方へ移ってしまいましたが、かえってそのことで、本堅田周辺の町並みが今日まで残されてきたのかもしれません。

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次回は福井県に移動し、勝山市の平泉寺白山神社を訪れます。

 
 
 
 

宇陀松山の古い町並み(奈良県宇陀市)

宇陀市の南西部、宇陀松山地区は古く城下町として栄え、現在でもその面影を色濃く残しています(※2013年4月訪問)

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宇陀松山には室町~戦国時代に山城が築かれ、江戸時代には陣屋が設置され宇陀松山藩が開かれました。宇陀松山藩は短命に終わりましたが、城下の町並みはその後も残され、現在では国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。




撮影日:2013年4月28日



 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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