茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

円満院庭園 ~滋賀県大津市~

前回まで、2015年に訪れた坂本の里坊庭園をご紹介してきましたが、今回は同じ時期に訪れた円満院庭園をご紹介します。円満院は大津市園城寺にある天台宗の寺院で、元和5年(1619)築の辰殿の南側に、池泉鑑賞式の庭園があります。

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庭園は東西に細長く池泉を造り、その東部に鶴島、西部に亀島を配した蓬莱庭園となっています。

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池泉東部の鶴島。羽石を兼ねた橋添石と、切石橋の意匠が見事です。

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鶴島南部の山畔には見事な護岸石組がありますが、新緑のモミジに隠れてよく見えません。

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北西部から池泉を望む。右手には亀島、その奥の対岸には蓬莱石が見えています。

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西部から池泉を望む。左手の辰殿と庭を一体とした空間構成の意図が窺えます。

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庭園の本質とは無関係ですが、訪問時はモミジの新緑が見事でした。

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円満院は平安時代、園城寺の塔頭として始まり、戦国時代の天文年間に現在地へ移されています。庭園の明確な作庭時期は不明で、室町時代の作庭家・相阿弥の作とする説があるようですが、細長い池泉の形状や石組の手法などから、江戸初期の作庭と見るのが妥当と思われます。なお、池泉西南部の山畔には枯滝石組も残されているようですが、現在では繁茂する植栽に隠れて確認できないのが残念です。

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滋賀院庭園 ~滋賀県大津市~

2015年の坂本里坊庭園訪問、最後は延暦寺の総里坊であり門跡寺院でもある、滋賀院の庭園をご紹介します。

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書院裏手、斜面との間の狭長な空間を利用して、庭園が築かれています。

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庭は座視観賞式の池泉庭園で、細長い池泉の形状から江戸初期の作庭と推定されています。池泉南部に亀島を配した蓬莱庭園で、中央山畔には滝が設けられています。

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亀島は蓬莱島を表しています。立石による岩島も見事。

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池泉中央には、長さ5メートルもある一枚岩の石橋が架かります。

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池泉北西部の滝石組には3つの巨石が使用され、三尊手法となっています。

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桃山期の庭に比べれば石組はやや穏やかで迫力に欠けますが、庭全体に門跡寺院としての気品・優雅さのようなものが漂っていました。

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滋賀院はもともと京都白川にあった法勝寺を起源とし、元和元年(1615)に現在地へ移転、滋賀院と名を変えました。江戸時代を通して天台座主となった皇族が代々居所としたことから、「滋賀院御殿」とも呼ばれていました。坂本の他の里坊と異なり、春秋の里坊特別公開期間以外の時期でも拝観はできるようです。

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行泉院庭園 ~滋賀県大津市~

引き続き、2015年春に訪れた坂本里坊庭園のご紹介です。律院の次に訪れた行泉(ぎょうせん)院は、一面観音と大聖歓喜天を祭る小さな里坊です。境内には見事な枯山水庭園が残されています。

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庭は内仏殿前面の狭長なスペースを利用して造られています。中央の枯池を中心に、東部に出島を配置、南西部は築山とし、枯滝石組を設けています。

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枯池には白砂が敷かれています。手前の平石は、座禅石でしょうか。

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高さのある水落石を使用した、枯滝石組。特別公開に合わせてか、石組を隠さぬよう、周囲の植栽がきちんと整備されている点に、ご住職の庭への理解とご努力が感じ取れました。

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西部から庭を見る。枯池東部には出島が設けられていますが、これに架かる石橋、立石による橋添石も見事。

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出島の東部にも石橋が架けられています。

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作庭時期や作庭者については調べることができませんでしたが、枯滝や護岸に見られる豪壮な石組から、桃山期の手法を残す江戸初期の庭、という印象を受けました。もっとも素人の勝手な憶測でしかないので、専門家による研究が待たれるところです。いずれにしても、行泉院庭園は、数ある坂本の里坊庭園の中でも一二を争う名庭であることは間違いないと思います。

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律院庭園 ~滋賀県大津市~

2015年に訪れた坂本里坊庭園の続きです。前回ご紹介した旧白毫院庭園がある芙蓉園の北西に、同じく旧里坊の律院があります。毎年5月の連休と紅葉の時期に、普段は非公開の庭園が特別公開されます。

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書院へ上がると、前面に池泉回遊式の庭が広がります。植栽で見えづらいですが、四阿の建つ築山や池泉の護岸には力強い石組が施されています。

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池泉中央の亀島。蓬莱島を表し、右手の出島からは石橋を架けています。

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この庭の最大の特徴は、池泉から書院東側にかけて流れる曲水です。

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流れを中心としている点は自然主義的ですが、蓬莱庭園であり、随所に力強い石組が見られる点は、明治以降に主流となる自然主義庭園とは趣を異にしています。

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池泉の手前は苔庭となっています。飛石の配置も美しい。

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律院の建つ地は、もともと比叡山横川の総里坊・松禅院の境内で、昭和24年(1949)に律院が建てられました。庭の作庭時期を示す資料はありませんが、様式からして、寛永末年頃のものと推定されています。江戸初期の庭で、流れを主体としたものは珍しく、その点で律院庭園は非常に貴重な存在と言えます。

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旧白毫院庭園 ~滋賀県大津市~

前回に続き、2015年に訪れた坂本の里坊庭園をご紹介します。旧竹林院のすぐ南にある旧白毫院(びゃくごういん)庭園は、江戸時代初期に造られた池泉回遊式の庭園です。現在は芙蓉園という食事処の敷地となり、毎年5月の連休と紅葉の時期に、特別公開されます。





庭園は寛永年間(1624~1645)の作庭と推定されています。全体的に荒廃していますが、細部の石組などには優れた意匠が見られます。





池泉東部・沢渡の石橋と出島。

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東岸から見た池泉。池泉西部には岩島や、立石による鋭い護岸石組が見られます。

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南岸から見た出島と沢渡の石橋。出島には栗石が敷き詰められています。

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池泉南東部と、「白毫の滝」。

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南東から見た池泉。中央に出島、その右奥には石組が施された築山が見えています。

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庭園東部にある築山。豪壮な枯滝石組を配し、その頂部を三尊石組としています。

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築山下部の石組。

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築山の内部には、日本庭園としては珍しい、石窟が掘られています。

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石窟は、飢饉で苦しむ庶民の救済事業により、寛永年間に造られたものとされます。内部は坂本の石工集団・穴太(あのう)衆による「穴太積み」の石垣で固められています。

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非公開の里坊庭園が多い坂本にあって、旧白毫院庭園は芙蓉園の利用客であれば常時見学可能のようです。坂本の里坊庭園の中では旧竹林院と並んで規模の大きな庭ですが、決して大味な感じではなく、随所に優れた意匠が施された、気品に満ちた優雅な庭でした。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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