茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

教林坊庭園 ~滋賀県近江八幡市~

教林坊は、近江八幡市安土町の繖山(観音寺城址)南麓にある、天台宗の寺院です。書院の西側に、桃山期の作庭と伝わる池泉鑑賞式の庭園が残されています。

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庭園は書院とその西側の山畔との間に築かれています。寺伝では慶長年間(1596~1516)、小堀遠州により作庭されたことになっていますが、細長い池泉や山畔を利用した地割から、作庭年代はもう少し下るかもしれません。

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池泉の中央には、二つの巨石で構成された亀島が配置されています。山畔には、苔むした大小様々な石組が見られます。

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庭園南部には、本庭の石組の中で最も優れた、鋭い立石による石組が見られます。亀島に対する鶴石組と思われる、象徴的な意匠です。

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山畔の枯滝石組。

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山畔北部の三尊石組。





池泉北部の自然石による石橋。桃山~江戸初期らしい力強い意匠です。

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池泉の北方には、正覚泉と呼ばれる水源があります。周囲には穴太積みによる土留めの石垣が築かれています。

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正覚泉の脇にある三尊石組。立石による鋭い意匠です。





池泉南部には、苔庭が広がります。

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二つの立石を中心に構成された、苔庭部分の集団石組。苔庭部分には、室町末期の作庭とされる石組が点在し、「普陀落の庭」と呼ばれています。

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本尊である赤川観音を安置する霊窟。古墳の石棺を利用したとされる巨石に圧倒されます。

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教林坊の歴史は古く、推古13年(605)、聖徳太子により開創されたと伝わります。5年ほど前に訪れた時は紅葉のピーク時で、境内は観光客で埋め尽くされていましたが、今回(7月下旬)はほぼ貸切状態で、深緑の庭園を静かに堪能することができました。

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旧膳所城浜御殿庭園 ~滋賀県大津市~

京阪電車瓦ヶ浜駅の東方にある本多神社周辺は、かつて浜御殿と呼ばれた膳所(ぜぜ)城の御殿があった場所で、大規模な池泉回遊式庭園が築かれていました。庭園は御殿とともに明治の廃城後に破却されましたが、本多神社周辺にその遺構の一部を残しています。

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庭園の遺構として、本多神社西方に巨大な築山が残ります。古墳をそのまま利用したもので、部分的にかつての庭園の石組が残っています。

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築山北部、斜面を利用した枯滝石組。水落石は、古墳の石棺を利用した珍しいものです。

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側面から見た滝石組。桃山期らしい剛健な石組です。

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枯滝前方には、前方へ傾斜させた立石が置かれています。

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築山北西部の石組と蹲踞(つくばい)遺構。

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築山の西方に、もう一つの築山が並びます。こちらも古墳を利用したもので、頂部には広鶴大明神が祀られています。

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北側築山の南面には、古墳の石室を利用した石組が残ります。

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二つの築山の東方に、池庭が残されています。中央の中島は残っていますが、池は現在ではほぼ枯れてしまっています。

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池庭の中島。護岸石組は明治期の改修と思われます。

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中島に架かる切石橋。こちらも様式的に、後世のものでしょうか。

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南側から見た中島の石組。頂部の立石をはじめ、護岸にも桃山期らしい見事な石組が残されています。

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中島(写真右)の南部には、もう一つの中島(写真左奥)があります。現在は埋め立てにより出島状になっており、池泉は枯れて空堀状の凹地になっています。

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東部中島の蓬莱石組。巨石を使用した、豪快な石組です。

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膳所城は慶長6年(1601)、江戸幕府が諸大名を動員し天下普請で築城した近世城郭です。明治の廃城とともにことごとく破却され、現在では城の遺構はほぼ潰滅しています。庭園部分は膳所城の遺構として最もよく残っている箇所であり、明治期に本多神社が建立された際に池庭も整備されましたが、100年以上経った現在ではジャングルと化しており、今後の保存が危ぶまれる状況です。


 
 
 
 

玄宮園 ~滋賀県彦根市~

玄宮園は、彦根城の二の丸庭園として江戸初期に築造された、回遊式兼舟遊式の池泉庭園です。桃山様式の現存天守を借景に、入り組んだ池泉に大小4つの中島を浮かべた優雅な地割、豪壮な石組による細部の造形美など、数ある大名庭園の中でも傑出した庭として評価されています。

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東口から庭園に入り木橋を渡ると、「蘇鉄山」と呼ばれる中島に入ります。かつて多く植えられていたという蘇鉄は現在では見られませんが、北西部の護岸には桃山~江戸初期らしい力強い石組が残されています。

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「蘇鉄山」から龍臥橋を渡った対岸にある枯流れ。

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池泉東岸、龍臥橋の脇にある出島。巨石による石組が見事です。

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池泉北東部にある中島。西面は「鶴鳴渚かくめいなぎさ)」と呼ばれ、巨石を用いた見事な石組が見られます。

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鶴鳴渚の鶴石組。高さ4m余りある立石を中心に、豪華に組まれています。

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中島東岸の護岸石組。こちらも巨石をふんだんに使用した、豪華なものです。

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鶴鳴渚西部に浮かぶ、三尊手法の岩島。

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池泉東岸の白砂敷の浜辺。緩やかな曲線を描き、景色に変化をもたせています。

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砂敷の浜辺から池泉西岸を望む。池泉西岸の建物は臨池閣(りんちかく)と呼ばれるかつての御殿の一部で、現在は料亭に使用されています。

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池泉東岸、鑑月峰付近には、高さ2m以上の巨石を使用した、迫力ある石組が見られます。

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池泉北岸「武蔵野」から、岩島越しに砂敷の浜辺と築山を望む。

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池泉北東隅の舟着場。歴代藩主たちはここから舟を出し、舟遊を楽しんだのでしょう。

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臨池閣の手前には、亀島とされる小さめの中島があります。

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庭園の北端にある「飛梁渓」。美しい渓谷風の石組が見られます。

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玄宮園の明確な作庭時期は分かっていませんが、一般的には彦根藩4代藩主・井伊直興の頃に完成したと考えられています。今回で3度目の訪問でしたが、玄宮園には何度訪れても飽きない魅力があり、繊細さと力強さを兼ね備えた、理想的な大名庭園と言えるでしょう。

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龍潭寺庭園 ~滋賀県彦根市~

彦根市の佐和山山麓にある龍潭寺(りょうたんじ)は、井伊氏の菩提寺である遠江国井伊谷(現在の静岡県浜松市)の龍潭寺の分寺として、慶長5年(1600)に建立されました。庭園は書院を囲むようにして東庭、北庭、南庭から構成されます。

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東庭は、背後の佐和山を借景として取り入れた池泉鑑賞式の蓬莱庭園です。池泉の北部(左手)に亀島を配置し、その奥の山畔に滝石組を設けています。

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東部山畔石組。頂部は三尊手法となっています。

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池泉南東部には切石橋が架かり、その左手には見事な石組が見られます。池中には亀島が配置されているため、それに対する鶴石組のようにも思えます。

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現在は水中に沈んでいますが、石橋の手前には沢渡が確認できます。

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龍門瀑とも言われる、北部山畔の枯滝石組。巨石をほぼ垂直に積み上げた珍しい手法のもので、寺のパンフレットでは「我国でも最高のものといわれる直下型の枯れ滝」と紹介されています。

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滝石組下部にある亀島。

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北部から見た東庭全景。

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東庭は江戸初期、龍潭寺開山の昊天和尚が小堀遠州と協力して築造したと伝えられています。本家本元の井伊谷龍潭寺をはじめ、全国には小堀遠州作庭と伝わる庭が多く存在しますが、そのほとんどが信憑性に欠けると言われており、本庭に関しても現状を見る限りでは疑わしいと思われます。

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東庭から連続する北庭。北庭は露地を中心に構成されていますが、北部の辺りでは東庭池泉からの水が引き入れられ、石組も施されています。

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別名「ふだらくの庭」とも呼ばれる南庭。石組主体の枯山水庭で、観音菩薩のいる補陀落山(ふだらくさん)とその周辺を表現しているとされます。

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補陀洛山を表現した、南庭中央の中島。亀島にも見えます。

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南庭も江戸初期に昊天和尚により築造されたとされますが、後世に幾度かの改修を受けているようで、現在の姿になったのは昭和に入ってからのようです。

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南庭南東部の石組。左手は三尊石組となっています。

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南庭南部の石組。こちらも三尊手法です。

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龍潭寺は明治期まで禅の道場として栄え、最盛期には200人以上の修行僧を抱えていたと言われます。寺には「園頭科(おんずか)」と呼ばれる造園専門の科目が設けられ、常時50人以上の修行僧が植栽や立石を中心とした造園技術を学んでいたと言われ、これが日本における造園学の発祥と言われています。

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多賀大社奥書院庭園 ~滋賀県犬上郡多賀町~

多賀大社奥書院庭園は、「お多賀さん」の愛称で知られる多賀大社境内にある、桃山期の池泉庭園です。多賀大社はこれまで数回訪問し、以前当ブログでも紅葉の様子を紹介しましたが、改めて庭園のみに着目して取り上げます。

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庭は、天正年間に豊臣秀吉が寄進した一万石をもとに築かれたと伝わります。鑑賞式蓬莱庭園の様式をとり、池泉の東部と西部に出島を設けてそれぞれ鶴島・亀島とし、築山や護岸には桃山期らしい豪壮な石組を施しています。

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池泉東部の枯滝石組。枯滝手前には、自然石による力強い石橋が架かります。

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石橋右手の山畔に築かれた集団石組。

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石橋奥の築山には、巨石による三尊手法の蓬莱石組が見られます。





鶴島とされる東部出島の護岸石組と岩島意匠。

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亀島とされる西部出島。

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池泉のさらに北には太田川と呼ばれる灌漑用水が流れており、その北岸にも石組が見られます。

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奥御殿の東側、池庭から少し離れた所には、石組と苔を主体とした枯山水庭園が展開しています。

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枯山水部分南部の三尊石組。池庭の石組に劣らぬ迫力がありますが、いつ頃作庭されたものなのかは分かりません。

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枯山水部分南部の舟石。

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枯山水北部の三尊石組。

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元来、一般的に神社に庭園が築かれることはなかったと言われ、多賀大社庭園は神仏混淆の頃、多賀大社の別当寺だった不動院の庭として築かれたものと考えられています。苔に覆われたしっとりとした雰囲気と、桃山期らしい豪華な石組の対比が、古庭園としての魅力を惹き立てています。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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