茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

西明寺庭園 ~滋賀県犬上郡甲良町~

滋賀県甲良町にある西明寺は、湖東三山に数えられる、天台宗の古刹です。本坊には、江戸中期築造とされる池泉観賞式の蓬莱庭園が残されています。

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庭園は、書院南側の山畔を利用して築かれています。池泉には鶴亀二島が浮かび、山畔には無数の石組が配されています。




池泉西部の中島は鶴島とされます。折り鶴をイメージしたとされる石組がありますが、植栽が伸びすぎて石組を隠してしまっています。





東部の中島は亀島とされます。亀島には豪壮な石橋が架けられています。

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山畔の石組は、西明寺の本尊である薬師如来と日光・月光菩薩、十二神将などの仏を表したものとされます。

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石組は斜面を覆い尽くすように配されています。一見しただけでは石が多く纏まりに欠けるような印象を受けますが、目を凝らすと個々の石の生き生きとした美しさに目を引かれます。

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山畔東部には、巨大な立石を用いた意欲的な石組が見られます。

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山畔東部の三尊石組。中央が中尊の薬師如来、左右は日光・月光菩薩でしょうか。

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三尊石組の下方には、変わった形状の立石が見られます。枯滝を表しているとも言われます。

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庭園東端の枯滝石組。力強さはないものの、美しい石組です。

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西明寺の参道沿いには、いくつもの坊舎址があり、そのうちのいくつかには、古い庭園遺構が見られます。いずれも石組が簡素であることから、江戸末期のものと思われます。

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西明寺は承和元年(834)、三修上人により開創されたと伝わる古刹で、仁明天皇の勅願寺とされます。桃山時代に織田信長による焼き討ちに遭いますが、鎌倉時代建立の本堂と三重塔は兵火を免れ、現在は国宝に指定されています。

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寺は延宝年間(1673~1681)、友閑禅師により復興されますが、本坊庭園もこのとき友閑禅師の指揮により作庭されたとされます。随所に華麗な石組が見られ、江戸中期の庭としては見応えのある庭ですが、歳月を経るごとに植栽が伸びて石組が観賞しづらくなっている点が残念です。

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金剛輪寺庭園 ~滋賀県愛知郡愛荘町~

金剛輪寺は天平13年(741)聖武天皇の勅願により開創された名刹で、百済寺、西明寺とともに「湖東三山」に数えられます。本坊である明寿院には、時代区分の異なる南庭、東庭、北庭からなる池泉庭園があります。

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<南庭>
庭園の中で最も古い箇所が南庭です。山畔を利用した池泉観賞式庭園で、桃山時代の作とされます。

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南庭池泉には三橋式の石橋が架けられています。桃山期らしく自然石を用いた豪快なもので、技術的にも優れているとされます。

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石橋の左手には、枯滝石組があります。上段を三尊手法とし、下段は桃山期らしく巨石を自由に組んでいます。

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雑草に隠れて見えづらいですが、護岸にも豪華な石組が見られます。

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<東庭>
南庭と連続する形で、書院の東部には東庭があります。江戸初期の作庭と推定され、山畔中央に滝石組、北部にも枯滝石組を設け、池中には中島を配置しています。

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東庭南部には、池泉に張出す形で水雲閣と呼ばれる数寄屋建築が建てられており、奥には護摩堂が続きます。水雲閣は江戸末期に建てられたもので、この建築により東庭の池泉南部は大幅に改変を受けています。

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水雲閣下部の中島は、亀島とされます。亀頭石や護岸など、江戸初期らしい力強い石組が見られます。

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正面山畔の滝石組も、巨石を用いた豪華なものです。

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北東部山畔にも、枯滝石組が見られます。直下形の大規模なものですが、先ほどの滝石組と比べ石組手法が明らかに弱く、江戸中期以降の改修と考えられているようです。

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<北庭>
東庭の奥に、北庭が連なります。北庭は南北に細長い池庭で、江戸初期に築かれた庭が江戸末期に改修されたものと推定されています。

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北庭池中には舟石の意匠が見られます。右奥には滝石組がありますが、もみじの紅葉に隠れてよく見えません。

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北庭の滝石組は江戸初期の状態のまま保存されているとされます。上部に石橋は渡す、「玉澗流(ぎょくかんりゅう」と呼ばれる手法のもので、同様の滝石組は名古屋城二の丸庭園徳島城表御殿庭園にも見られます。

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北庭のほぼ中央には出島が設けられています。石橋や山畔の石組は、力強いものがあります。

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北庭北部には亀島と沢渡がありますが、護岸石組などは江戸末期的な弱いもので、芸術性は感じられません。

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<その他の庭園遺構>
明寿院の三門手前にも、小さな枯山水庭園があります。中央に富士山形の巨石を中心に、「一富士、二鷹、三茄」の石組が見られます。

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寺への最初の入口である惣門付近にも、池泉庭園の遺構が見られます。石組はほぼ完存していますが、丸みを帯びた石ばかりで、物足りない感は否めません。

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金剛輪寺庭園は、意匠の異なる各時代ごとの庭園が見られるという、興味深い庭園ですが、境内には庭園以外にも、国宝指定を受けている本堂や重要文化財の三重塔があり、かつての威勢を今に伝えています。なお、金剛輪寺は車でないとアクセスが不便ですが、毎年紅葉の時期に彦根駅からシャトルバスが運行されています。

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教林坊庭園 ~滋賀県近江八幡市~

教林坊は、近江八幡市安土町の繖山(観音寺城址)南麓にある、天台宗の寺院です。書院の西側に、桃山期の作庭と伝わる池泉鑑賞式の庭園が残されています。

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庭園は書院とその西側の山畔との間に築かれています。寺伝では慶長年間(1596~1516)、小堀遠州により作庭されたことになっていますが、細長い池泉や山畔を利用した地割から、作庭年代はもう少し下るかもしれません。

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池泉の中央には、二つの巨石で構成された亀島が配置されています。山畔には、苔むした大小様々な石組が見られます。

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庭園南部には、本庭の石組の中で最も優れた、鋭い立石による石組が見られます。亀島に対する鶴石組と思われる、象徴的な意匠です。

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山畔の枯滝石組。

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山畔北部の三尊石組。





池泉北部の自然石による石橋。桃山~江戸初期らしい力強い意匠です。

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池泉の北方には、正覚泉と呼ばれる水源があります。周囲には穴太積みによる土留めの石垣が築かれています。

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正覚泉の脇にある三尊石組。立石による鋭い意匠です。





池泉南部には、苔庭が広がります。

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二つの立石を中心に構成された、苔庭部分の集団石組。苔庭部分には、室町末期の作庭とされる石組が点在し、「普陀落の庭」と呼ばれています。

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本尊である赤川観音を安置する霊窟。古墳の石棺を利用したとされる巨石に圧倒されます。

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教林坊の歴史は古く、推古13年(605)、聖徳太子により開創されたと伝わります。5年ほど前に訪れた時は紅葉のピーク時で、境内は観光客で埋め尽くされていましたが、今回(7月下旬)はほぼ貸切状態で、深緑の庭園を静かに堪能することができました。

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旧膳所城浜御殿庭園 ~滋賀県大津市~

京阪電車瓦ヶ浜駅の東方にある本多神社周辺は、かつて浜御殿と呼ばれた膳所(ぜぜ)城の御殿があった場所で、大規模な池泉回遊式庭園が築かれていました。庭園は御殿とともに明治の廃城後に破却されましたが、本多神社周辺にその遺構の一部を残しています。

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庭園の遺構として、本多神社西方に巨大な築山が残ります。古墳をそのまま利用したもので、部分的にかつての庭園の石組が残っています。

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築山北部、斜面を利用した枯滝石組。水落石は、古墳の石棺を利用した珍しいものです。

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側面から見た滝石組。桃山期らしい剛健な石組です。

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枯滝前方には、前方へ傾斜させた立石が置かれています。

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築山北西部の石組と蹲踞(つくばい)遺構。

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築山の西方に、もう一つの築山が並びます。こちらも古墳を利用したもので、頂部には広鶴大明神が祀られています。

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北側築山の南面には、古墳の石室を利用した石組が残ります。

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二つの築山の東方に、池庭が残されています。中央の中島は残っていますが、池は現在ではほぼ枯れてしまっています。

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池庭の中島。護岸石組は明治期の改修と思われます。

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中島に架かる切石橋。こちらも様式的に、後世のものでしょうか。

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南側から見た中島の石組。頂部の立石をはじめ、護岸にも桃山期らしい見事な石組が残されています。

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中島(写真右)の南部には、もう一つの中島(写真左奥)があります。現在は埋め立てにより出島状になっており、池泉は枯れて空堀状の凹地になっています。

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東部中島の蓬莱石組。巨石を使用した、豪快な石組です。

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膳所城は慶長6年(1601)、江戸幕府が諸大名を動員し天下普請で築城した近世城郭です。明治の廃城とともにことごとく破却され、現在では城の遺構はほぼ潰滅しています。庭園部分は膳所城の遺構として最もよく残っている箇所であり、明治期に本多神社が建立された際に池庭も整備されましたが、100年以上経った現在ではジャングルと化しており、今後の保存が危ぶまれる状況です。


 
 
 
 

玄宮園 ~滋賀県彦根市~

玄宮園は、彦根城の二の丸庭園として江戸初期に築造された、回遊式兼舟遊式の池泉庭園です。桃山様式の現存天守を借景に、入り組んだ池泉に大小4つの中島を浮かべた優雅な地割、豪壮な石組による細部の造形美など、数ある大名庭園の中でも傑出した庭として評価されています。

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東口から庭園に入り木橋を渡ると、「蘇鉄山」と呼ばれる中島に入ります。かつて多く植えられていたという蘇鉄は現在では見られませんが、北西部の護岸には桃山~江戸初期らしい力強い石組が残されています。

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「蘇鉄山」から龍臥橋を渡った対岸にある枯流れ。

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池泉東岸、龍臥橋の脇にある出島。巨石による石組が見事です。

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池泉北東部にある中島。西面は「鶴鳴渚かくめいなぎさ)」と呼ばれ、巨石を用いた見事な石組が見られます。

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鶴鳴渚の鶴石組。高さ4m余りある立石を中心に、豪華に組まれています。

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中島東岸の護岸石組。こちらも巨石をふんだんに使用した、豪華なものです。

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鶴鳴渚西部に浮かぶ、三尊手法の岩島。

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池泉東岸の白砂敷の浜辺。緩やかな曲線を描き、景色に変化をもたせています。

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砂敷の浜辺から池泉西岸を望む。池泉西岸の建物は臨池閣(りんちかく)と呼ばれるかつての御殿の一部で、現在は料亭に使用されています。

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池泉東岸、鑑月峰付近には、高さ2m以上の巨石を使用した、迫力ある石組が見られます。

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池泉北岸「武蔵野」から、岩島越しに砂敷の浜辺と築山を望む。

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池泉北東隅の舟着場。歴代藩主たちはここから舟を出し、舟遊を楽しんだのでしょう。

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臨池閣の手前には、亀島とされる小さめの中島があります。

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庭園の北端にある「飛梁渓」。美しい渓谷風の石組が見られます。

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玄宮園の明確な作庭時期は分かっていませんが、一般的には彦根藩4代藩主・井伊直興の頃に完成したと考えられています。今回で3度目の訪問でしたが、玄宮園には何度訪れても飽きない魅力があり、繊細さと力強さを兼ね備えた、理想的な大名庭園と言えるでしょう。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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