茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

瑞泉寺庭園 ~神奈川県鎌倉市~

瑞泉寺は鎌倉市二階堂にある、臨済宗円覚寺派の寺院です。開山は夢窓疎石で、境内には昭和45年(1970)の発掘調査で発見された、疎石作と伝わる庭園が残されています。

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庭園は本堂裏手にあります。ほぼ天然の岩盤を掘削するだけで作庭するという、他に類を見ない手法がとられています。

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「やぐら」のような、崖を掘削して作られた天女洞。水月観の道場でした。

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池泉は一部だけ削り残し、中島としています。中央右手の崖の凹部は滝だったようで、崖上には貯水槽の跡が残されているといいます。





滝の下部には、水分石とみられる石や、護岸の石組が見られます。

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池泉の左手には、木橋が架けられ、崖を上る道がついています。





この道を上り十八曲を経た所に、疎石が建てた偏界一覧亭と呼ばれる小亭が存在していました(現在では立入不可)。

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紅葉の見頃が遅いことで知られる瑞泉寺ですが、池泉手前のモミジだけは一足早く12月上旬に紅葉の見頃を迎えます。

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多くの寺社が存在する鎌倉ですが、鎌倉時代に作られた庭園が残るのはここ瑞泉寺だけです。他に夢窓疎石が作ったと伝わる庭園は、京都の天龍寺や西芳寺、岐阜県多治見市の永保寺などが知られています。なお、瑞泉寺は鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式高い寺院で、足利基氏に始まる鎌倉公方の菩提寺でもあります。

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称名寺庭園 ~神奈川県横浜市~

称名寺は、横浜市金沢区にある真言律宗の寺院です。国史跡に指定されている境内には、阿字ヶ池と呼ばれる大きな池泉を中心に、鎌倉時代に作庭された庭園が残されています。

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称名寺の創建時期は不明ですが、鎌倉幕府執権を務めた北条氏の一門・北条実時による開基で、実時を祖とする金沢(かねさわ)北条氏の菩提寺でした。隣接する金沢文庫も、実時が設置した文庫が起源とされます。

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庭園は鎌倉末期、実時の孫・金沢貞顕(さだあき)により造営されました。平安時代の日本庭園の主流であった浄土式庭園の様式をとっており、平泉毛越寺の庭園を模したとも言われています。池泉中央には中島が置かれ、朱塗りの反橋と平橋で結ばれます。

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反橋と平橋は、鎌倉末期に書かれた『称名寺絵図並結界記』と呼ばれる絵図に基づいて復元されています。

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平橋の向こう側には天和元年(1861)に再建された金堂が建ちます。かつて境内には金堂を始め多くの伽藍が建ち並んでいたようで、さぞ壮観だったと思われます。

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ところどころ、汀や橋の脇に景石が残されています。

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鋭い岩島には、優れた造形意識が表れています。

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雑草に覆われてしまっていますが、池泉の汀には栗石による州浜も見られます。他の浄土式庭園にも見られる、当時の作庭バイブル『作庭記』に基づく作庭思想が窺えます。

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訪れたのは12月上旬、境内では紅葉が見頃を迎えていました。

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称名寺庭園は関東に唯一現存する浄土式庭園で、大味な大名庭園が多い関東にあっては貴重な遺構です。ただし現状では荒廃が著しく、一見では庭園というよりも、だだっ広い池にしか見えません。浄土式庭園は全国的にも現存例が少なく貴重なため、国や横浜市には、具体的な計画を策定した上で、庭を整備・保存していってもらいたいものです。

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建長寺方丈庭園 ~神奈川県鎌倉市~

鎌倉市山ノ内にある建長寺は、鎌倉五山第一位の禅宗寺院です。建長5年(1253)鎌倉幕府五代執権・北条時頼により開創、開山は宗からの渡来僧・蘭渓道隆と伝わり、方丈北側には蘭渓道隆作庭と伝わる池泉庭園があります。

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庭園は蘸碧池(さんぺきち)と呼ばれる、東西に細長い池泉を中心に構成されます。

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蘭渓道隆は、「龍門瀑」の手法を日本庭園に取り入れるなど、夢想疎石に先立って禅宗庭園を生み出した作庭家でもありますが、建長寺方丈庭園は後世の災害や改修により何度も姿を変え、鎌倉時代の面影はほとんど失われていると考えられています。現在の庭園は、江戸初期・延宝年間に描かれた絵図に基づいて、平成15年(2003)に復元整備されたものです。

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現在の庭園は寛永年間に幕府援助により寺が再興された際の姿がベースとなっていますが、池泉の形状は、江戸末期に南側が直線的に埋められ、第二次大戦後に東側も埋められるなど、後世に大きく改変されています。

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築山にはわずかに石組が見られます。右手のやや大きめの石は蓬莱石とされます。

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池の中央左手には出島と、鶴島とされる中島が見られます。

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池泉は中央付近で複雑な形状を見せます。手前の出島先端は亀頭石にも思えます。

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池の右手には亀島とされる中島が見られます。

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鎌倉時代の元弘年間に描かれた『境内指図』によると、今よりも広い池泉と、その脇に金閣や銀閣のルーツとなるような二層の楼閣風の建築があったようで、往時の風景はさぞ壮観だったと思われます。ただ、蘭渓道隆によって造られた最初期の庭は、元弘年間のものよりも小規模だったようです。

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先述のとおり、平成15年(2003)に整備されている建長寺方丈庭園ですが、整備前と比べ、繁茂していた植栽を大胆に取り払うなど、評価できる点もあります。しかし、『日本庭園史大系』の掲載写真や昭和13年の実測図では、池泉の中央部に枯滝石組が存在し、築山にも石組が見られるのに、現状ではいずれも撤去されています。そのほかにも、発掘調査で見つかった池の東半分を埋め戻して不似合いな建物を建てたり、その手前に胡散臭い枯滝まがいの石組を造ったりと、整備の仕方には疑問を感じさせる点が多々あります。由緒ある庭園だけに、残念でなりません。

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円覚寺庭園 ~神奈川県鎌倉市~

北鎌倉にある円覚寺は、鎌倉五山第ニ位の臨済宗の寺院です。国史跡に指定されている境内には複数の庭園があります。

方丈の北東ににある妙香池(みょうこうち)。天然の岩をくり抜いて造られた池庭です。

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『円覚寺境内図』に描かれていることから、妙香池は鎌倉初期から存在していたことが判っています。平成12年(2000)に整備され、周囲の植栽が取り払われました。

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池の中央には「虎頭岩(ことうがん)」と呼ばれる自然石があります。波浪の浸食を受けたような特徴的な形状をしています。

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妙香池周囲には意欲的な石組は見られず、あくまで自然石である虎頭岩を主体とした庭になっています。なお、夢窓疎石作庭説もあるようですが、確証はありません。

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方丈裏にも庭園があります。こちらは平成12年、妙香池の整備と同時に作庭されたようです。

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方丈から向かって手前は枯山水、奥は池泉式の庭となっています。

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建物とのバランスは絶妙、苔やモミジも美しいのですが、石組がどうにも陳腐。いかにも最近の庭という感じで、やや残念な庭です。

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総門の手前、JR横須賀線の線路を挟んで、白鷺池(びゃくろち)と呼ばれる、左右対称の2つの池があります。円覚寺創建以前から存在する池で、鎌倉に入った無学祖元が、白鷺に姿を変えた八幡宮の神霊に導かれてこの池に辿り着いた、という伝説があります。

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横須賀線の線路敷設時の埋め立てにより、白鷺池の規模はだいぶ小さくなっています。周囲には石組が点在しますが、これらは昭和の時代に設けられたようです。

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池の中央には、降魔橋(ごうまばし)と呼ばれる石橋が架かっています。

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円覚寺は臨済宗円覚寺派の本山で、弘安5年(1282)、鎌倉幕府第8代執権・北条時宗が、宋の僧・無学祖元を開山として創建しました。鎌倉の寺院では建長寺に次ぐ規模を誇り、緑豊かな境内には、四季を通じて多くの観光客が訪れます。

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能仁寺庭園 ~埼玉県飯能市~

能仁寺は、埼玉県飯能市・天覧山の南麓にある、曹洞宗の寺院です。

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本堂の裏には、見事な池泉回遊式庭園があります。

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庭園は江戸初期の様式を残しつつ、池泉の形状や中島意匠などの細部は江戸末期に改修されているようです。

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築山中央には江戸初期のものと思われる豪快な枯滝石組が見られます。現在の本堂からは見えづらいですが、かつて現在の本堂より右手に存在した方丈から観賞するよう設計されています。

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滝の左右には出島と洞窟が設けられています。この辺りの石組も江戸初期のものと推定されます。

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池泉の手前の方には鶴島である中島と、沢渡石が見られます。滝石周辺の石組とは雰囲気がかなり異なりますが、石橋以外の中島周辺の石組は江戸末期のものと考えられています。

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出島の石組(右)と中島の石組(左)。

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築山にも、石組が点在しています。

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以前から能仁寺に優れた庭園があることは知っていましたが、実際に訪れてみて、イメージしていたよりも遥かに素晴らしい庭園の存在に驚かされました。成金的な大名庭園ばかりで造形美の感じられる庭園が少ない東京近郊にあって、これだけ上品な庭園が残されていることは非常に貴重なことだと思います。

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能仁寺の明確な創建時代は判っていませんが、当地の武将・中山家勝がこの地に屋敷を構え、その子・家範が父の菩提を弔うため寺院を創建したと伝えられています。家範は後北条氏に仕えますが、豊臣秀吉による小田原征伐の際、八王子城で討死します。その子・照守は徳川家康に仕え、江戸時代に入ると能仁寺は幕府の庇護のもと大いに栄えました。戊辰戦争(上野戦争)に伴う戦闘で全山焼失し、昭和11年(1936)に現在の本堂が再建されています。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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