茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

旧川﨑家住宅(紫織庵)~京都府京都市~

地下鉄烏丸御池駅から徒歩約5分、京都市中京区にある旧川﨑家住宅は、綿布商を営んでいた豪商・井上利助によって大正15年(1926)に建てられた大塀造りの住宅建築です。昭和40年から平成9年まで白生地商・川﨑家の住宅・迎賓館として使用され、現在は浴衣や襦袢の製造・販売を行う株式会社丸栄によって、「京のじゅばん&町家の美術館・紫織庵」として使用されています。

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主屋東側に付属する玄関棟。手前の洋間部分はF.L.ライトの建築を参考に武田五一が設計したもので、外壁には旧帝国ホテルと同様の大谷石とタイルが使用されています。

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洋間内部は天井を折上格天井とし、床は寄木張り、東面には電熱暖炉を備えています。木材部分は全てチーク材を使用しています。

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玄関棟の先端にある茶室。もともと「紫織庵」とは、この茶室の名称でした。

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茶室は、当時数寄屋の名工と呼ばれた上坂浅次郎が手掛けています。

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主屋一階・客間。広さ15畳、一階の主室で、奥には仏間が続きます。仏間との間の欄間は東山三十六峰を模ったもので、当時の京都画壇で注目を集めていた竹内栖鳳の手によるものです。客間を含め、旧川﨑家住宅では和室部分を上坂浅次郎が手掛けています。

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主屋一階・畳敷の中廊下。

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主屋一階の東西両側には広縁が通され、西側広縁の外には京町屋らしく露地風の中庭が造られています。

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主屋西側に続く便所浴室棟。浴室と着替化粧室の戸は、湿気を逃がすために網代張りとなっています。

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主屋二階・洋間。サロンとして使用された部屋で、一階洋間同様、武田五一が設計を担当しています。

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洋間の照明は、アール・ヌーヴォー風の意匠が見事。

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洋間東面にはステンドグラスも見られます。

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現在は「長襦袢友禅資料室」となっている、主屋二階・座敷。次の間との仕切り欄間には、光琳桐が彫られています。

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一階洋間の屋上は祇園祭の際に鉾見台として使用されたそうで、二階東側の広縁と通路で往き来できるようになっています。

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伝統的な町家建築が多く残る京都ですが、数寄屋の中に洋風をうまく取り込んだ旧川﨑家住宅は、近代の京町家の様式を今に伝える貴重な存在です。主屋をはじめ当初の建物が一連で残り、洗練された質の高い意匠を随所に見ることができます。なお、見学にあたっては事前に紫織庵のホームページからの予約が必要となります。

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旧木島櫻谷家住宅(櫻谷文庫)~京都府京都市~

京都市北区衣笠の地にある旧木島櫻谷家住宅は、明治末期から昭和初期にかけて活動した日本画家・木島櫻谷(このしまおうこく)の旧宅です。同じく京都市内に残る白沙村荘などとともに近代日本画家の旧宅として貴重な遺構で、敷地内には大正2年(1913)に竣工した主屋(和館)、洋館、画室が現存します。

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主屋は木造二階建ての和館、その西に木骨モルタル造二階建ての洋館が並んでいます。

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主屋一階・客間。炉はありませんが、数寄屋風の瀟洒な造りになっています。

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主屋一階・仏間。

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東山三十六峰を模った、仏間の欄間。

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主屋一階・居室。一階はもともと「田の字」型の典型的な農家の間取りだったものを、後年に改築していることが分かっています。

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主屋二階・控室。奥に座敷が続きます。

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主屋二階・座敷。10畳の座敷2室が南北に配置されています。

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二階・南側座敷の床の間。天井は、北半分と南半分で意匠に変化をつけています。

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二階は西側以外の三面に広縁が設置され、眺望に優れています。かつては周囲に高い建物がなく、北山や東山三十六峰を望むことができたといいます。

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主屋西方に建つ洋館。二階建て部分の応接棟と、奥に収蔵棟が続いています。

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洋館二階への階段。緩やかなカーブが美しい、木造の螺旋階段です。

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洋館二階・応接間。床の間を設けた和洋折衷の造りで、内壁は漆喰、腰壁は押縁の竹を使用した板張りとなっています。

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応接間では床の間や内壁に軸釘が打ち込まれ、部屋全体が掛け軸の展示室として機能していました。

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敷地北部に残る、木造平屋建ての画室。画室の前面にはかつて池が広がっていましたが、現在では埋め立てられテニスコートになっています。

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木島櫻谷は京都三条室町の商家出身で、京都画壇の大家・今尾景年に師事し、円山四条派の流れをくみながらも西洋の写実的技法を取り入れた独特の作風で、京都画壇において人気を集めました。櫻谷の死後、財団法人櫻谷文庫が設立され、現在に至るまで旧木島櫻谷家住宅を管理しています。なお建物及び敷地内部は通常非公開で、現在は桃の節句に合わせて毎年3月の金土日祝日に特別公開されているようです。

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西村家別邸 ~京都府京都市~

京都・上賀茂神社の東側、明神川沿いには社家の町並みが残されています。かつて上賀茂神社の社家・錦部(にしごり)家の邸宅があった地に、明治期の数寄屋建築・西村家別邸が残ります。

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西村家は西陣で織物業を営んでいた家で、7代目・西村清三郎が明治20年代に錦部家と西池家から土地を購入、別邸を建造しました。

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主屋玄関から広間へと続く廊下。床の間が設けられ、茶室の控室としての機能も兼ねていました。

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主屋茶室。

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6畳の和室。掘りごたつが備えられています。

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下のガラス戸は、通気性を備えた無双窓になっています。

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主室となる広間。茶室としても使用されたそうです。

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広間の小屋組。丸太の垂木は、細いものと太いものを交互に組んでいます。

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広間の外には庭園が広がります。

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庭園は平安末期の養和元年(1181)、上賀茂神社の神主・藤木(賀茂)重保により作庭されたと考えられており、社家時代の面影をよく残しているとされます。明神川から引き込んだ流れを中心とした庭で、庭内では曲水の宴が開かれたと伝わります。

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庭園の最奥には、神山(上賀茂神社の御神体山)の降臨石を模したとされる石組が見られます。全体的に後世に手が加えられているはずで、どこまで平安時代の姿を残しているのかは不明です。

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水垢離(水を浴びて身体を清める儀式)が行われていたとされる井戸。「降臨石」の石組とともに、「神官の庭」としての特徴を伝えています。

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主屋の東側には茶室が付属します。

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茶室の前には「奥庭」と呼ばれる池泉庭園があります。小規模な枯滝や洲浜も見られますが、石組の意匠などからして明治期に西村家の所有になってから整備されたものと思われます。

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先述したように西村家は社家ではありませんが、どちらかというと社家時代の庭園が評価されているようで、建物の評価が中途半端になっている印象を受けます。なお、西村家別邸の周囲にはかつての社家住宅が複数残り、このうち梅辻家や井関家は特別公開時や事前予約により見学できるようです。

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拾翠亭 ~京都府京都市~

京都御苑内、九条池(勾玉池)の畔に建つ拾翠亭(しゅうすいてい)は、五摂家だった九条家の別邸として、江戸時代後期に建てられた数寄屋建築です。茶会や歌会などの社交場として利用された建物で、現存する数少ない「貴族の茶室」です。

建物は木造二階建て、一階・二階とも東面(池側)と北面に高欄を設け、屋根は瓦葺と柿葺を組み合わせています。





一階は、南側や北側に突き上げ戸を設けています。

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南面。二階屋根には鯱が上がっています。

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一階「控えの間」。北側(左手)に広間が続きます。

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一階「広間」。一階の主室で、東面(池側)には広縁を備えています。

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広間・釘隠し。

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広間東面の広縁。前面には九条池が広がります。

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亭内の障子には、継目と縦桟とを半分ずつずらして貼る、「石垣貼り」という高度な手法が用いられています。

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一階北側に隣接する「小間」。1畳の手前座と2畳の客座からなる茶室です。

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二階。踏込床を備えた略式の書院造りです。

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二階西側の窓には、「丁子七宝」と呼ばれる模様が彫られています。

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二階、床側から池側を見る。

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二階から九条池を見下ろす。池の中央には「高倉橋」と呼ばれる、明治15年(1882)竣工の反橋が渡されています。

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高倉橋から望む拾翠亭。九条池は安永7年(1778)頃、旧九条邸内に造られた池で、周囲は回遊式の庭園となっています。

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九条家は藤原北家の流れをくむ公家で、この地に邸宅を構えたのは安土桃山期とされます。九条邸に存在した建物のほとんどは明治期に失われ、現在では池を中心とした庭園と庭内の厳島神社、拾翠亭のみが残されています。なお、拾翠亭の公開日は毎週木・金・土曜日のみなので、ご訪問の際はご注意を!


 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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