茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

山陰・山陽探訪 ⑯倉敷の古い町並み・後編 ~岡山県倉敷市~

倉敷の町並み後編。美観地区を東西に貫く本町通りを、西から東へと歩きます。
本町通り沿いは、倉敷川周辺とはまた違った趣があります。

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本町通りの西端にある旧倉敷郵便局。
明治35年(1902)に建てられた木造洋館で、昭和24年(1949)まで郵便局として使用されていました。

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旧郵便局の少し東方には、コンクリート造の洋館が。
第一合同銀行倉敷支店として大正11年(1922)に建てられ、現在も中国銀行の倉敷本町出張所として使用されています。

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本町通りには、町屋が建ち並びます。
多くの町屋が、現在も商店やカフェとして活用されています。

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美観地区の中心を過ぎると、道幅は一気に狭くなります。

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倉敷川沿いより観光客も少なく、落ち着いた雰囲気になります。

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美観地区唯一の造り酒屋・森田酒造。
黒い壁が迫力を感じさせる、明治期の建築です。

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さらに本町通りを東に進むと、通りは大きくカーブし、東町へと入ります。

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東町にある明治2年(1869)創業の呉服屋・楠戸家。
現役の呉服店として営業しています。

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明治初期に創業した呉服屋・旧十六屋。
最近まで旅館として使用されていたようですが、現在は閉業しています。

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倉敷は江戸時代、天領として栄えましたが、明治に入ると一気に衰退します。その後、地元の実業家・大原家をはじめとする商人の活躍により、、次第に経済は回復、全国に先駆けて古い町並みの整備も行われてきました。美観地区一帯は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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山陰・山陽探訪 ⑮倉敷の古い町並み・前編 ~岡山県倉敷市~

山陰・山陽探訪5日目、まずは倉敷の美観地区へ。倉敷の美観地区は範囲が広いため、2度に分けてお送りします。
前編は、倉敷の町並みを象徴する、倉敷川周辺の町並みです。

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倉敷は江戸時代初期、天領に定められ、物流拠点として栄えました。
運河として使用されていた倉敷川沿いには、古くからの町屋や蔵が建ち並びます。

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江戸時代の蔵を改装した、倉敷考古館。古代の出土品などを展示しています。

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考古館の側面の海鼠壁。倉敷の蔵や町屋には、海鼠壁が多く見られます。

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旧倉敷町役場(現・倉敷館)。
大正6年(1917)築の木造洋館ですが、周囲の町並みによく溶け込んでいます。

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江戸時代の蔵を改装した、倉敷民藝館。一見、海鼠壁に見えるのは、貼り瓦です。

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中橋を境に倉敷川は南へと折れ曲がり、白壁の町屋群が続きます。

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昭和5年(1930)設立の、大原美術館。
洋風建築ですが、旧倉敷町役場とともに、倉敷のシンボルとなっています。

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川沿いから一歩路地へ入ると、そこかしこに海鼠壁が見られます。

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こちらは貼り瓦。モダンデザインのようなセンスを感じさせます。

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倉敷川沿いの風景は、情緒的で、日本の古い町並みを代表する風景ですが、あまりに観光地として完成されてしまっているのが、少々残念。。次回は、倉敷川沿いから一本奥に入った、本町通りを歩きます。

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山陰・山陽探訪 ⑭鞆の古い町並み ~広島県福山市~

山陰・山陽探訪4日目、竹原を後にし、福山市南部の鞆へ。

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鞆の浦は、万葉集に詠まれるなど古くから景勝地として知られていました。鞆の浦の近くには、江戸時代~昭和初期の建物が数多く残り、今なお昔ながらの古い町並みを形成しています。

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古くは「潮待ちの港」として栄えましたが、航海技術の発達により徐々にその存在価値は薄れ、現在は漁港として使用されています。

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昭和13年(1938)築の洋館・旧・鞆信用金庫本店。奥には、鞆の名産・保命酒の醸造元が並びます。

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保命酒は鞆で生まれた薬用酒で、現在も鞆には数軒の現役の醸造元があります。「保命酒」ってすごいネーミングだけど、どんな味がするんだろう。。。

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看板建築の洋館が目を引く平野屋。洋館に続く長屋部分は資料館として公開されていますが、残念ながらこの日はすでに閉館していました。

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路地を挟んで左右に建つ太田家住宅。もともとは保命酒の元祖・中村家の店舗兼住宅で、明治に入り廻船業者・太田家に引き継がれました。

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太田家の主屋と蔵は一般公開されています。茶室や坪庭が多く、当主の文化的素養を感じさせます。

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幕末には、都を追われた三条実美ら尊王攘夷派の貴族が太田家に滞在しました(七卿落ち)。ちなみに鞆には、織田信長に都を追われた室町幕府最後の将軍・足利義昭も滞在していたことがあります。

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鞆の町並みの特長の一つである、狭い路地。特に海岸線の近くは、狭い路地が入り組んでいます。

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坂道が多いのも鞆の町並みの魅力です。

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古い町並みがこれだけ良好に残っている鞆ですが、「美しい日本の 歴史的風土100選」には選ばれているものの、国の重要伝統的建造物群保存地区には指定されていません。以前から、鞆の浦の埋め立て計画や道路の拡張計画が持ち上がっており、地元では賛否がはっきり分かれているそうですが、この美しい町並みと風景が今後も保存されることを願います。

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山陰・山陽探訪 ⑪竹原の古い町並み ~広島県竹原市~

山陰・山陽探訪4日目、宿泊先の広島から高速バスで移動し、昔から訪れたいと思っていた竹原市へ。江戸中期~明治期の古い町並みが残り、「安芸の小京都」と呼ばれています。

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竹原の古い町並みの中心となるのが、本町通り。町屋や蔵が建ち並び、100年前から時が止まっているかのようです。

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一般公開されている、旧笠井邸。竹原は江戸時代を通して製塩地として発展しましたが、笠井家も塩田経営で財をなしました。

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竹鶴政孝の生家・竹鶴酒造。竹原では、ここ以外にも黒漆喰の町屋が多く見られます。

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「小京都」らしく、石畳の道が続きます。

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本町通り沿いで一際目立っているのが、豪商の邸宅・松阪邸です。他の町屋では見られないような華麗な意匠が随所に見られます。次回の記事で詳しく取り上げます。

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松阪邸前のカーブを過ぎ、本町通りはさらに奥へと続きます。

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本町通り沿いにある竹原市歴史民俗資料館。昭和4年(1929)、「町立竹原書院図書館」として建てられた木造洋館で、昭和55年(1980)から資料館として使用されています。

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本町通りから一歩脇へ入ると、路地沿いにも古い町並みが残ります。

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中ノ小路には、広島藩の儒医であった頼春風邸の離れ・光本邸が残ります。

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光本邸は一般に公開されています。露地っぽい洗練された中庭が素敵です。

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竹原は、平安時代は下賀茂神社の荘園、中世には竹原小早川氏の拠点となり、江戸時代に入ると製塩業や酒造業で栄えました。本町3丁目の辺りは、明治期からほとんど姿を変えずに残っていて、「竹原市竹原地区」として重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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山陰・山陽探訪 ④温泉津の古い町並み ~島根県大田市温泉津町~

山陰・山陽探訪2日目、以前からの憧れの地、島根県大田市の温泉津町の町並みを歩きます。

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大森(石見)銀山の西方に位置する温泉津は港町として栄えてきましたが、その名の通り古くから温泉地としても有名で、今なお鄙びた温泉街の雰囲気を残しています。「石見銀山遺跡とその文化的景観」として世界文化遺産に登録され、国の重要伝統的建造物群指定地区にも指定されています。

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古い旅館が建ち並ぶ温泉街は、半世紀前から時が止まっているかのような錯覚を与えます。

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温泉街の中心にある薬師湯。温泉街のシンボル的存在となっています。

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薬師湯は、大正年間に建てられた木造の洋風建築(旧館)と、昭和の頃に造られたレトロなコンクリート建築(新館)からなります。

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さらに温泉街を奥へ。

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築100年の旅館・長命館。湯治保養の宿です。

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温泉街の外にも、古い町並みが続きます。

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中世には大森(石見)銀山からの銀輸送の仕立港としてさらに発展した温泉津ですが、江戸時代に入ると徐々に銀の積出港としての地位を広島や岡山に奪われ、銀の涸渇も重なって次第に衰退していきます。

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その後も北前船の寄港地としての役割を担いますが、明治に入り鉄道が敷設されると温泉津港の存在価値は一気に薄れていきました。

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温泉街の入り口付近に立派な屋敷が。付近で写真を撮っていると、屋敷のご主人に声をかけられ、お話を伺うと、なんとかつての毛利家臣・内藤氏の末裔とのこと。大内氏に仕えた内藤興盛公や隆世公は知っていたので、まさかその子孫の方にお会いできるとは思わず、びっくりでした。

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温泉街からJR温泉津駅の方向へ歩くと、温泉津港が見えてきます。三方を丘陵に囲まれた穏やかな港で、まさに天然の良港といった感じです。

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温泉街から離れ、さらに温泉津駅の近くまで来ると、再び古い町並みが現れます。

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温泉街から少し離れたこの辺りは、鉄道開設時に整備された町並みだそうです。

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ちなみに、薬師湯より古い元湯(湯は同じ)は、1300年前から湧き続けているとのこと。早朝に浸かりに行きましたが、めちゃくちゃ熱くて、ものすごく鉄の臭いがして、いかにも湯治場といった雰囲気でした。番台のおばあさんが温かく迎えてくれましたが、世界遺産登録直後に比べ今では観光客が激減し、寂しくなったと仰っていました。確かに街を歩いていても、あまり人には出会わず。。それが故、他の温泉街にはない鄙びた魅力を持っている気もするので、複雑なところです。


次は島根県の西部、益田市に移動し、雪舟作の庭園を回ります。

 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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