茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

津和野の古い町並み ~島根県鹿足郡津和野町~

山陰探訪4日目、昔から憧れていた「山陰の小京都」、津和野の町並みを歩きます。

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津和野は古くから津和野城(三本松城)の城下町として発展し、関ヶ原合戦後に入封した坂崎直盛によって現在の町並みの基礎が整備されました。

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周囲を山脈に囲まれた盆地で、中央を津和野川が流れ、古い町屋が多く残る市街地は、「小京都」の名に相応しい景観になっています。

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町並みの中心となる本町通りにある、河田商店(国登録有形文化財)。主屋は明治後期の建築、津和野らしい石州赤瓦屋根の町屋です。

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河田商店の向かいに残る財間家住宅。主屋は明治後期の建築(国登録有形文化財)で、主屋の奥には広大な庭園が残されています。

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本町通り沿いの椿家住宅(国登録有形文化財)。椿家は蝋燭や髪付油を取り扱ったかつての御用商人で、「分銅屋」を屋号としていました。主屋は江戸末期の建築で、改造されている箇所もありますが市街地に残る最古の町屋です。

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椿家の隣に建つ、旧布施時計店(国登録有形文化財)。昭和9年(1934)に建てられた洋風モダン建築で、現在は山陰中央新報津和野支社として使用されています。

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本町通りのささや呉服店(手前)とゑびや(奥)。ささや呉服店の主屋は椿家と同じく江戸末期の建築です(国登録有形文化財)。

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ささや呉服店の向かいにある、現役の酒造・古橋酒造(国登録有形文化財)。比較的新しい、大正期の建築ですが、うだつを備えた立派な町屋です。

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古橋酒造の主屋には、モルタル壁の洋風玄関が付属します。

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享保2年(1717)創業の、橋本本店(橋本酒造場)。津和野で最も古い造り酒屋だそうで、現存する主屋は明治中期に建てられたものです(国登録有形文化財)。

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こちらも明治中期に建てられた町屋、俵種苗店(国登録有形文化財)。

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こちらも享保15年創業の老舗造り酒屋・華泉酒造場(国登録有形文化財)。主屋は明治中期の建築、店名にもなっている地酒「華泉」の製造元です。

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本町通り沿い、後田にある洋風の近代建築。詳細不明ですが、昭和初期頃の建物と思われます。

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本町通りの南端はかつての武家屋敷街で、「殿町通り」と呼ばれています。

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殿町通りの両脇には初代津和野藩主・坂崎直盛が整備したと言われる掘割が残り、津和野を象徴する景観となっています。

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殿町沿いにある津和野町役場。大正8年(1919)、鹿足郡役所庁舎として建てられたもので、現在も現役の官庁建築として健在です。

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町役場の南隣に残る、多胡(たこ)家表門。多胡家は尼子家の旧臣で、戦国時代、多胡辰敬(ときたか)は毛利氏との合戦で自刃しますが、江戸時代以降は津和野藩亀井氏の家老として活躍しました。なお、津和野藩亀井氏初代・亀井茲矩は多胡辰敬の孫にあたります。

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殿町通り沿いにある、津和野カトリック教会(国登録有形文化財)。昭和6年(1931)に建てられたゴシック様式の教会です。次回の記事で詳細に取り上げます。

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津和野には国の有形文化財に登録されている町家が多く、また財間家や椿家、岡崎家(ささや)、亀井家(亀井温故館)には江戸末期~明治期の庭園も保存されています。なお津和野は地酒の銘柄が多く、造り酒屋では地酒の試飲ができますので、飲み比べをしながら町を歩くのも良さそうです。

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江津本町の古い町並み ~島根県江津市~

山陰探訪3日目、小川庭園からバスで江津市街へ移動し、赤瓦屋根の古い町並みが残る江津本町へ。

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江津は、「中国太郎」の異称をもつ一級河川・江の川河口に位置し、古くから港町として栄えてきました。江戸時代は、天領として幕府の管理下にあり、北前船の寄港地でもありました。

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赤瓦屋根の多い町並みにあって、黒瓦が目立つ藤田佳宏家。かつて江津町長も務めた藤田龍夫氏の居宅で、江戸末期に建てられた主屋と、明治期に建てられた門や土蔵が残り、いずれも国の有形文化財に登録されています。

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旧山陰道沿いにある、円覚寺。江津本町には計6つの寺院があります。

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町並みのほぼ中心、山辺神社参道脇に、大正15年(1926)に建てられた旧江津町役場があります。

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鉄筋コンクリート及び木造二階建ての洋風建築で、正面パラペットや、壁面のアール・デコ風のデザインが秀逸です。

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現在は「江津本町甍街道交流館」として一階部分のみ公開されています。

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旧山陰道沿いに残る、藤田家住宅主屋。藤田家は廻船業で財を成した豪商、嘉永6年(1853)に建てられた主屋をはじめ、土蔵、門などが国の有形文化財に登録されています。

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旧山陰道から藤田家住宅の脇を南へ入ります。

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旧山陰道の一本南の通りには、本町川が流れます。

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本町川通り沿いには、赤瓦屋根の古民家が密集しています。

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川通り沿いの横田家住宅(右)。横田家も回漕業(海運業)により材を成した豪商で、「沖田屋」を屋号としていました。

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古い民家の合間で一際目立つのが、旧江津郵便局です。

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旧江津郵便局は、明治20年(1887)頃に建てられた木造二階建ての擬洋風建築です。現存最古の郵便局舎といわれ、長年荒廃していましたが修復により往時の姿を取り戻しました。

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本町川沿いで最も広い敷地を有しているのが飯田家住宅です。初代江津市長の家で、かつて裏手には「二楽閣」と呼ばれた別邸もありました。

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旧山陰道に戻ると目に入ってくる、花田医院。昭和12年(1937)に建てられた和風建築で、一階には洋風の意匠も見られます(国登録有形文化財)。

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町並み北東部にある個人宅。資料がなく詳細は不明ですが、昭和初期頃のものと思われる洋館です。

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江津は江戸時代から昭和初期にかけて、石見地方有数の都市として繁栄しましたが、鉄道開通により衰退します。昭和37年の市庁舎移転に伴って市の中心も北方へと移りましたが、江津本町だけは時代に流されずに、昔ながらの風景を今に残しています。

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【再訪】温泉津の古い町並み ~島根県大田市~

山陰探訪3日目は、島根県大田市の温泉津(ゆのつ)からのスタートです。温泉津の町並みは2年前に訪問し当ブログでも紹介していますが、改めて取り上げたいと思います(2年前の記事はこちら)。

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温泉津は大森(石見)銀山の西方に位置し、古くから港町として、またその名の通り温泉地としても栄えてきました。JR温泉津駅の北方、温泉津の温泉街は、鄙びた温泉街としての雰囲気を色濃く残しています。




温泉街の入口付近に建つ、内藤家庄屋屋敷。大内氏や毛利氏に仕えて銀山奉行を務めた内藤氏の住居で、現在も内藤氏の末裔の方が居住されています。2年前に温泉津を訪れた際は、当主の18代内藤又座衛門さんから色々とお話を伺うことができました。

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温泉街入口付近の個人商店。町屋の一部をモルタル塗りの洋風ファサードとした、ユニークな近代建築です。

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内藤家庄屋屋敷の先を進むと道は右手に折れ、古くからの商店や旅館が見えてきます。

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古くから港町だった温泉津は、中世に入ると大森(石見)銀山からの銀輸送の仕立港としてさらに発展しますが、近世以降は徐々にその役割を広島や岡山に奪われ、銀の涸渇も重なって衰退していきます。

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江戸時代には主に北前船の寄港地としての役割を担いますが、近代に入ると鉄道や国道9号線の開通により、急速に衰退しました。しかし近代的な発展から取り残されたことで、時が止まったかのように古い町並みが今日まで残ることとなりました。

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通り沿いには、昭和初期のものと思われる洋風建築も見られます。一階は改造されていますが、頂部のメダイヨンや雷紋の意匠は見事です。

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昭和初期のものと思われる立派な個人宅。

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温泉街の中心には温泉旅館が建ち並びますが、その温泉の湯元の一つが薬師湯です。昭和29年(1954)に建てられたレトロな外観の新館と、その奥にある大正8年(1919)築の旧館から構成されます。

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薬師湯旧館は木造二階建ての擬洋風建築で、一階は改造されているものの、全体的に大正期の建築意匠をよく残しています。

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薬師湯の入浴施設としての機能は新館に移り、旧館は一階がカフェとギャラリー、二階座敷は入浴客用の有料休憩所として活用されています。

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温泉街奥部に向かい合う、もう一つの湯元・元湯温泉。薬師湯よりも古い湯元で、1300年の歴史を誇ります。2年前に立ち寄りましたが、湯治場らしい激熱のお湯で、腰から下しか浸かることができなかったのを記憶しています。。

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温泉街には古くからの旅館が多く存在しますが、そのほとんどが現在も営業しているのか不明です。

 
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温泉街の中にある、龍御前神社。天文元年(1532)の創建とされ、北前船の守り神として信仰を集めました。

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龍御前神社の社殿背後の崖には「龍岩」と呼ばれる奇岩があります。龍の頭のような形状の岩で、この岩が神社の名称の由来になったのでしょう。

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温泉街からやや離れたところにある、温泉津港。三方を丘陵に囲まれた天然の良港で、北部には銀の積出港だった頃の遺構も残されています(2015年9月撮影)。

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温泉津は平成16年(2004)、国の重要伝統的建造物群指定地区に指定され、平成19年には「石見銀山遺跡とその文化的景観」として世界文化遺産にも登録されています。2年前の訪問時は観光客がほとんど見られませんでしたが、今回は町を歩く人の姿が増えているような気がして、少し安心しました。この町並みがいつまでも保存されることを願います。

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吉田の古い町並み ~島根県雲南市~

山陰探訪2日目、櫻井家庭園から車で移動し、雲南市吉田町の古い町並みを訪れます。

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吉田は、奥出雲町の絲原家櫻井家とともに「出雲鉄師御三家」と呼ばれた田部(たなべ)家を中心に、たたら製鉄により発展した町です。

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明治の町村制施行により飯石郡吉田村となりますが、平成16年(2006)に三刀屋(みとや)町や掛合(かけや)町など周辺の町村と合併し、雲南市吉田町となりました。





現在でも本町通り沿いを中心に、古い町並みが残されています。

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本町通りに入るとすぐ見えてくるのが、田部家の土蔵群です。江戸中期から明治期までに建てられた多数の土蔵が並ぶ様は圧巻です。

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かつての庄屋屋敷を改装した古民家カフェ。築150年以上経っているそうです。

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本町通り沿いにある、吉田町商工会館。吉田信用購買販売利用組合の事務所として昭和初期に建てられた擬洋風建築です。

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本町通り沿いには、古い町屋が点在しています。いずれも、屋根は山陰地方でよく見られる石州瓦(赤瓦)で葺かれています。

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本町通り沿いには、「鉄の歴史博物館」と呼ばれる博物館があります。

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博物館では、たたら製鉄の技法や歴史に関する資料を展示しています。絲原家住宅の記事でも触れましたが、江戸時代、出雲地方における製鉄業は松江藩の保護を受け、その鉄生産量は全国の7割近くを占めていたと言われます。

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江戸時代、藩の保護を受け発展した出雲の製鉄業でしたが、明治以降は廃藩置県や西洋の製鉄技術の輸入により急速に衰退し、田部家による製鉄も大正期を最後に廃業となりました。範囲が限定的ではありますが、吉田には製鉄業が盛んだった頃の面影が色濃く残っており、本町通りからやや離れた山内(さんない)地区には、かつてのたたら場も現存しています(菅谷たたら高殿)。

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山陰・山陽探訪 ⑯倉敷の古い町並み・後編 ~岡山県倉敷市~

倉敷の町並み後編。美観地区を東西に貫く本町通りを、西から東へと歩きます。
本町通り沿いは、倉敷川周辺とはまた違った趣があります。

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本町通りの西端にある旧倉敷郵便局。
明治35年(1902)に建てられた木造洋館で、昭和24年(1949)まで郵便局として使用されていました。

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旧郵便局の少し東方には、コンクリート造の洋館が。
第一合同銀行倉敷支店として大正11年(1922)に建てられ、現在も中国銀行の倉敷本町出張所として使用されています。

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本町通りには、町屋が建ち並びます。
多くの町屋が、現在も商店やカフェとして活用されています。

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美観地区の中心を過ぎると、道幅は一気に狭くなります。

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倉敷川沿いより観光客も少なく、落ち着いた雰囲気になります。

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美観地区唯一の造り酒屋・森田酒造。
黒い壁が迫力を感じさせる、明治期の建築です。

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さらに本町通りを東に進むと、通りは大きくカーブし、東町へと入ります。

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東町にある明治2年(1869)創業の呉服屋・楠戸家。
現役の呉服店として営業しています。

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明治初期に創業した呉服屋・旧十六屋。
最近まで旅館として使用されていたようですが、現在は閉業しています。

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倉敷は江戸時代、天領として栄えましたが、明治に入ると一気に衰退します。その後、地元の実業家・大原家をはじめとする商人の活躍により、、次第に経済は回復、全国に先駆けて古い町並みの整備も行われてきました。美観地区一帯は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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