茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

小川庭園 ~島根県江津市~

山陰探訪3日目、温泉津から電車で都野津まで移動し、江津市和木の小川庭園を訪ねます。古くから和木の地に居を構え、「和木将軍」とも呼ばれた旧家・小川家の邸宅に、室町時代築造と伝わる池泉観賞式蓬莱庭園が残されています。

427_20170917161627d2d.jpg



庭園は、南北に細長い池泉(現在は枯池)を穿ち、南東部には山畔を利用して滝石組を設けています。一般的に「小川家雪舟庭園」の名で知られているようですが、雪舟が作庭したという客観的な根拠は存在しないようです。

457_20170918201534670.jpg




滝石組は二段構成で、上段が枯滝、下段は水落式の滝になっています。現在は石組保存のため水を落としていません。

429_20170917161750fbd.jpg




滝石組上段。頂部は三尊手法で、守護石は右手にやや傾斜した古式な手法となっています。

430_20170917161752686.jpg




滝石組下段。立石を中心とした力強くも美しい石組で、下部には水分石も見られます。

436_201709171617527a3.jpg




北西部から滝石組を見る。手前には小規模な出島が設けられていますが、付近の石組は後世の改変を受けています。

449_20170917162018b0e.jpg




池泉南端の石橋。石橋自体は後世のものですが、周囲の石組は見事です。

440_20170917161837ca0.jpg




石橋と、池泉西岸の護岸石組。

442_2017091716183895d.jpg



池泉北西岸には亀頭石風の石組が見られます。亀頭石付近は地表が盛り上がっていますが、もとは亀島としての中島だったようで、後世になって周囲の池泉を埋め立てたために現在は出島状になっています。

432_201709171619385f3.jpg


小川庭園は現在も小川家によって管理されていますが、これほどの庭を個人宅で500年以上も維持されてこられたことに畏敬の念を抱かずにはいられません。訪問時は奥様に色々とお話を伺ったのですが、会話の端々から庭への思いが感じられ、とても有意義な時間を過ごすことができました。

417_20170918202312d38.jpg

スポンサーサイト
 
 
 
 

櫻井家庭園 ~島根県仁多郡奥出雲町~

山陰探訪2日目、絲原家を後にし、同じく「出雲鉄師御三家」の一つ、櫻井家を訪ねます。主屋東部には、かつての松江藩主・松平不昧も訪れたと伝わる、江戸末期作庭の池泉庭園が残されています。





庭園は書院南部、天然の岩肌を流れ落ちる滝を主景とした、池泉観賞式庭園です。

195_201709112154059ac.jpg




滝は庭園北東部の「寿宝山」から水を引いています。なかなかの水量があり、迫力と同時に清涼感が感じられます。

178_20170911215831e3c.jpg




滝はこの庭を訪れた松平不昧により、「岩浪(がんろう)」と名付けられています。

173_20170911215830aec.jpg



滝の下部では、左手に出島が設けられ、その手前には池中に水分石のような岩島が配置されています。重森完途によると出島と岩島は、それぞれ江戸中期の池泉庭園でよく見られる亀出島と亀頭石が退化したものとされます。

239_20170911215834f34.jpg




滝右手の山畔に見られる、三尊風の石組。

192_20170911215833ef2.jpg




池泉東部には護岸石組や、山畔に自然の岩盤を利用したと思われる石組も見られます。

233_201709112159379c3.jpg




池泉東端、土橋による太鼓橋と茶亭「掬掃亭」。掬掃亭は、日本画家・田能村直入による意匠と伝わります。

182_20170911215935539.jpg




庭園の西部に建つ書院。庭はこの書院からの観賞を主体として意匠されています。

181_20170911220045bec.jpg




書院手前には、「出雲流庭園」の特長である、短冊石を用いた飛石が打たれています。

162_20170911215933fa3.jpg




書院の西側に続く主屋。重要文化財に指定されています。

212_20170911220043d71.jpg



主屋は江戸中期の建築で、藩政期には藩主を迎える本陣としても使用されていました。現在も住居として使用されているため、内部へ上がっての見学はできません。

226_20170911220045108.jpg




庭園南部にある御成門。藩主御成の際に使用された門です。

258_2017091122004757e.jpg


櫻井家は、大坂夏の陣において戦死した戦国武将・塙団右衛門の子・直胤を祖とする旧家で、江戸前期に鉄山業の経営を開始、「可部屋」を屋号としました。庭園は江戸末期らしく石組などの造形的魅力には欠けるものの、それを補って余りあるほど、「岩波」の滝を中心とした地割と景観の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。

208_20170913214457e24.jpg

 
 
 
 

絲原家庭園 ~島根県仁多郡奥出雲町~

前回に引き続き、奥出雲町にある絲原家をご紹介します。前回は建築でしたが、今回は江戸末期作庭と伝わる庭園を取り上げます。

123_20170909215448e99.jpg



庭園は、主屋書院の東部及び南部に築かれています。南部は山畔を利用した池泉庭園、池泉東部から北部にかけては飛石を配置して露地風の意匠としています。

080_20170909214958742.jpg




池泉西部山畔の石組と丸刈込み。江戸末期らしく、石組は景石風で、あまり凝った意匠は見られません。

125_20170909215000b0c.jpg




池中には二つの立石が並べられています。江戸末期にしては鋭い意匠で、この庭で最も優れた石組と言えます。

045_2017090921514501c.jpg




山畔東部には、小規模な滝が落ちています。

079_20170909215229224.jpg





池泉北側、書院前面は飛石が打たれ、露地風になっています。

084_201709092153427a5.jpg




飛石は、「出雲流庭園」の特長である、短冊石や石臼を用いたものになっており、奥には手水石が据えられています。

027_20170909215341a75.jpg



池泉北側、前座敷の前面は、池泉から続く流れの意匠になっています。ここにも石組が散見されますが、江戸末期という時代を反映した弱い手法になっています。

060_20170909215230af8.jpg



池泉東部、南倉との間も露地風の意匠になっています。右手には昭和初期に建てられた待合が見えています。

052_2017090921545029f.jpg




露地風の意匠は、池泉東部から御成門付近まで続いています。この飛石の上を、松平不昧や近衛文麿が歩いたのでしょう。

059_201709092154507f7.jpg


絲原家庭園の作庭については記録が残っておらず、作者や明確な作庭年代は不明ですが、様式や手法から江戸末期・天保末年頃のものと推定されています。江戸末期の庭園らしく石組などの細部意匠には物足りなさが否めないものの、同じく奥出雲町に残る櫻井家庭園(次回紹介予定)とともに、現存する出雲鉄師住宅の庭園として、また出雲市の菅田庵や康国寺とともに出雲流庭園の典型例として、文化的価値の高い庭園と言えます。

082_20170909215452451.jpg


 
 
 
 

康国寺庭園 ~島根県出雲市~

山陰探訪2日目、出雲市にある康国寺庭園へ。康国寺は正平24年(1369)、康國という名の当地の豪族が、三光国師を開山として開創したと伝わる、臨済宗妙心寺派の寺院です。書院北側には江戸中期の作庭と推定される枯山水庭園が広がります。

1509.jpg



庭園は、枯山水に茶庭の手法を取り入れており、ヒイラギモクセイの大刈込と、赤砂利敷きの中に打たれた飛石を主景としています。通常、禅宗の枯山水庭には三尊石や枯滝などの石組がありますが、康国寺庭園では石組がほとんど見られません。

1568.jpg


飛石を主景とする手法は江戸末期の出雲地方の庭園でよく見られ、こうした庭は「出雲流庭園」と呼ばれています。出雲流庭園の手法は松江藩お抱えの作庭家・沢玄丹が考案したものと言われ、茶庭からの影響が顕著に見られます。

1514.jpg





1531.jpg





1451.jpg



康国寺庭園のもう一つの特徴として、借景が挙げられます。錦鏡池と呼ばれる貯水池や周囲の自然を借景として大胆に取り込むことで、絵画的な空間を創出しています。

1471.jpg




庭園西端には、松の刈込と、わずかに捨石が見られ、風景を引き締めています。

1535.jpg




庭園と書院。


1479.jpg




書院南部にある茶室・博淵亭。長年荒廃していましたが、近年になって整備されています。

1503.jpg


康国寺庭園は天明年間(1781~1788)、拙庵禅師による寺域拡大の際に作庭が計画され、その後の韜光(とうこう)禅師のとき、沢玄丹により作庭されたと言われています。江戸中期以降、安易に自然風景を取り入れたことで日本庭園は堕落していきましたが、ここ康国寺庭園は、そういった安易な自然主義庭園とは違う、何かもっと本質的な部分で自然と調和しているような印象を受けました。なお、庭園見学の際は事前に寺へ連絡を入れることをおすすめします。

1521.jpg


 
 
 
 

深田氏庭園 ~鳥取県米子市~

山陰探訪1日目、鳥取から米子へ移動し、深田氏庭園へ。深田氏は佐々木秀義(佐々木源氏)の子孫・佐々木三郎兵衛信輝が当地に土着したのを起源とする旧家で、住居の南側には、江戸初期作庭とされる池泉観賞式庭園が残されています。

1379.jpg




庭園は、かつて存在した書院から観賞する形となっています。池泉のほぼ中央に鶴島、その東部に亀島を配置し、南西部には築山を築いて三尊石組を設けています。

1354_20170904203755ee7.jpg




築山の三尊石組は、三つの凝灰岩による立石で構成されています。動き出しそうなほどの躍動感、一種の不気味ささえ感じさせる見事な造形です。

1376.jpg




池泉中央に位置する鶴島。江戸時代らしい具象的表現ですが、「雛を抱え込む姿」を表現したという石組は、息が漏れるほどの美しさです。

1336.jpg




池泉東部にある亀島。こちらも江戸時代らしい具象的表現ですが、石組は見事なものです。

1348.jpg




亀島の亀頭石。亀が首を伸ばした姿を立石で表現した、力強い造形です。

1444.jpg




北西部から望む鶴島(手前)と亀島(奥)。ともに同じ方向を向いて並んでいます。

1424.jpg




亀島の南部対岸には山形の巨石が置かれており、蓬莱石としての意匠と思われます。

1400.jpg




池泉手前には飛石が打たれています。手法からして、江戸末期以降のもののようです。

1441.jpg


深田氏庭園は、三尊石組の手法が京都南禅院のものと酷似することなどから、鎌倉末期の庭と評価されてきました。しかし、平成12年の国名勝指定に係る調査により、江戸初期の作品であることが判っています。庭園は現在も深田家が管理されていて、見学の際は事前の予約が必要です。

1436.jpg


 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
検索フォーム
 
 
 
 
 
 
ブロとも申請フォーム
 
 
 
 
QRコード
QR
 
 
Pagetop