茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

山陰・山陽探訪 ⑱後楽園 ~岡山県岡山市~

山陰・山陽探訪5日目、倉敷を後にし、旭川を挟んで岡山城の対岸にある後楽園を訪れます。

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後楽園は貞享4円(1687)~元禄13年(1700)にかけて、岡山藩主・池田綱政の命で津田長忠により造られ、その後歴代の藩主により改修されました。大小多くの池と、それをつなぐ水路、青い芝が印象的な池泉回遊式庭園です。

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藩主の静養や賓客の接待に使用されましたが、日を定めて藩内の人々にも観覧が許されていました。
園内全体に芝が敷かれたのは明治に入ってからのことで、江戸時代の園内には田畑が多く存在していたようです。

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園内の中心的建物でる延養亭。藩主滞在の際の居間として使用されていました。

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延養亭の全面には、「沢の池」と呼ばれる園内最大の池が広がります。

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沢の池の畔にある築山「唯心山」。

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唯心山からは沢の池を一望に収めることができます。沢の池と他の池を繋ぐ水の流れは、後楽園の重要なテーマとなっています。

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「流店」と呼ばれる数寄屋建築。一階部分は壁がなく、内部を水路が通るという変わった構造をしています。

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流店の脇にある枯滝と思われる石組。後楽園にはあまり意欲的な石組が見られませんが、この石組は見事です。

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園内東部にある「花交の池」。亀島のような中島が浮かび、ここだけで一つの庭として成立しています。

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花交の池の脇に佇む数寄屋建築「茶祖堂」。家老下屋敷にあった利休堂を、明治に入り移築したものです。

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池田綱政が好んだとされる数寄屋建築「廉池軒」。

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後楽園は、兼六園、偕楽園とともに三名園にも数えられる名庭とされます(もっとも三名園の選定根拠は不明で、個人的に偕楽園など日本庭園として優れているとは思えませんが…)。個人的に、都内の大名庭園などは成金趣味な感じであまり好きではありませんが、同じ大名庭園でもこの後楽園は嫌味な部分がなく、「雅」という言葉が合う気品に満ちた庭だと思います。

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山陰・山陽探訪 ⑩常栄寺庭園 ~山口県山口市~

山陰・山陽探訪3日目、宮野駅から歩いて20分、雪舟庭で知られる常栄寺を訪ねます。

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境内に入るとまず、「無隠」と題された前庭が広がります。

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前庭は平成24年に造られた新しいものですが、円形の枯池に中島を設け、奥には三尊石を据えるなど、モダンながらも日本庭園の要素を備えた枯山水庭園です。

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受付を済ませ本堂へ上がると、本堂前面に枯山水の庭園が広がります。

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なんともセンスの良い庭ですが、後で調べると、昭和43年(1968)に重森三玲により造られたものとのこと。重森三玲は昭和を代表する作庭家で、東山魁夷にも描かれた東福寺方丈庭園をはじめ、京都の光明院や岸和田城本丸庭園など、力強くモダンな庭園を多く残しています。

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「南溟庭(なんめいてい)」と名付けられたこの前庭は、雪舟が明に渡った際の海を表現しています。

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本堂の奥へ行くと、いよいよ雪舟作と伝わる庭園が現れます。

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池泉回遊式の庭園ですが、その規模の雄大さと、迫りくるような石組に圧倒されます。

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池泉の手前は枯山水となっていて、石組が不規則に配置されています。益田の萬福寺庭園を観たときのような、なにか俗世を超越したエネルギーのようなものを感じさせます。

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池泉の奥の方には半島状に突き出た部分がありますが、この辺りに楼閣が建っていたと考えられているようです。
奥には、「龍門之滝」と呼ばれる枯滝があります。

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上から見下ろす「龍門之滝」。古色を帯びた無数の石組に圧倒されます。

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壮大な池泉は、土橋のような部分により南北に分かれています。
手前(北)の池中にある岩は、「鯉魚石(りぎょせき)」と呼ばれ、水中から頭を出した鯉を表現しています。

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常栄寺は、毛利元就が居城・吉田郡山城内に建てたものを、江戸時代末期にこの地に移したものです。常栄寺が移される前、この地には大内政弘の別邸があり、雪舟庭はその時 政弘の命により造られました。医光寺・萬福寺・善生寺と、雪舟作と言われる庭園を観て来ましたが、ここ常栄寺で、その真骨頂に触れた気がしました。大正15年に国の史跡・名勝に指定されています。

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山陰・山陽探訪 ⑨善生寺庭園 ~山口県山口市~

山陰・山陽探訪3日目、大内文化を物語る日本庭園を求めて、上山口駅近くの善生寺を訪れました。

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善生寺は明治に入りこの地へ移転してきた寺院で、境内にはもともとは大内氏義隆の重臣・内藤興盛の菩提寺・西芳寺がありました。庭園は、史料や伝承から、雪舟作庭とも言われてきましたが、平成17年から行われた発掘調査により、室町時代後期以前に造られたことが判明しており、雪舟作庭の可能性も十分にあると思われます。

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傾斜を利用して造られた池泉観賞式の庭園ですが、池の形が不整形というか歪で、何だか全体像が掴めません。

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境内の案内板によると、庭園は江戸時代に改修され、さらに大正時代には池の東部分(本堂から見て左側)が大きく埋め立てられているらしく、作庭当初とはだいぶ違った姿になってしまっているようです。作庭当時の観賞位置は、庭の東端辺り(写真の辺り)であったと推定されています。

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庭の東半分は保存状態が良く、池の奥には立派な石組が残っています。

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苔むした石組は、正に「古色蒼然」といった趣です。ただ、この辺りも後世に手が加えられているようです。

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9月というのに、池では蓮が咲いていました。

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東部分が破壊されているのは残念ですが、中世からの庭園が今もこのような美しいかたちで残っていることは貴重です。現在は山口県の名勝に指定されています。

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山陰・山陽探訪 ⑤益田市の雪舟庭園 = 萬福寺・医光寺 ~島根県益田市~

山陰・山陽探訪2日目、温泉津から電車で移動し、島根県の西部に位置する益田市へ。室町~戦国期の島根県(石見国)は主に守護大名・大内氏が支配していましたが、その家臣・益田氏の本拠だった益田には、大内氏の庇護を受けた禅僧・雪舟により造られたと伝わる庭園が二か所存在します。

<医光寺庭園>
医光寺はもともとこの地にあった崇観寺という寺院の塔頭として建立されました。文明年間(1469~1486)、雪舟は益田の地に滞在しましたが、医光寺には、その際に作庭されたと伝わる庭園が残ります。益田城から移築されたとされる総門が立派。

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雪舟作と伝わる池泉観賞式の庭園。書院と斜面に挟まれた細長い空間をうまく利用しています。

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力強く美しい石組が、庭全体を豪壮かつ優美なものにしています。

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i池は鶴池、中島は亀島とされます。亀の背中には中心石と三尊石が置かれています。

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亀島の左奥には、美しい枯滝の石組が残っています。

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山口には雪舟庭園で有名な常栄寺がありますが、山口から離れた益田にも、これほど素晴らしい庭園が存在するとは、驚きでした。古色に帯びた美しい庭園は、国の史跡及び名勝に指定されています。

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<萬福寺庭園>
萬福寺は、平安時代に益田川の河口付近に安福寺として建立されましたが、応安7年(1374)、益田兼見により益田川を上った現在の地に移され、益田氏の菩提寺となりました。兼見により建立された本堂(国重要文化財)の奥に、雪舟作庭と伝わる庭園が残ります。

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書院の奥へ進むと、目前に庭園が現れます。

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庭園は、中央に大きな築山を置き、全面に心字池を配しています。築山に置かれた数々の石からは、崇高で象徴的な印象を受けます。

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三尊石を中心とした、圧倒的な石の存在感。

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庭園全体が、仏教の世界観である須弥山を表現しているとされます。抽象的で、宇宙的な広がりさえ感じさせます。

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池は右半分で大きく広がり、右端には出島と枯滝が設けられ、風景を形作っています。

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萬福寺の庭園は、これまで僕が見てきたどの日本庭園よりも、インパクトの強いものでした。現代アートというか、芸術は爆発だ、というか、ものすごいエネルギーを、この庭は感じさせてくれます。須弥山を表現した庭園は全国にありますが、萬福寺の庭園はまさに、「俗世を超越した空間」という気がしました。

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山陰・山陽2日目はこれでおしまい、この日は山口の湯田温泉へ向かい、翌日は山口市内を歩きます。
 
 
 
 

山陰・山陽探訪 ②観音院庭園 ~鳥取県鳥取市~

山陰・山陽探訪初日、仁風閣を訪れた後は、同じく鳥取市内の観音院へ。
国名勝にも指定されている「名庭」を拝観します。

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観音院は江戸時代初期に開創された天台宗の寺院で、補陀落山 慈眼寺 観音院を正式名称とします。
書院の奥に、江戸初期作庭と伝わる池泉観賞式の庭園が広がります。

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特に凝った意匠も見られず、豪壮な石組があるわけでもありませんが、全体がゆったりと落ち着いていて、優美な印象を受けます。

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天然の地形を利用した大きな築山の向こうに、天然の山と空を借景に取り入れ、壮大かつ優美な空間を作り出しています。

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中島は低い長円形の島で、亀島となっています。右奥の出島のような張り出しは、鶴島であるとも言われています。

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中島の奥に滝石組がありますが、植栽が繁茂していて、現状では明確に把握できません。

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観音院庭園は昭和12年に国により名勝の指定を受けましたが、昭和18年(1943)の鳥取大地震により石組などが崩落、昭和59年度~昭和62年度、平成20年度~平成25年度にかけて保存修理が行われ、現在の姿になっています。当初の姿とは若干違ったものになっているとは思いますが、当日は他に見学者はおらず貸切状態、書院から抹茶を頂きながらのんびりと眺める庭園は格別なものでした。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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