茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

萬福寺庭園 ~島根県益田市~

山陰探訪最終日、最後に益田市の萬福寺を訪ねます。境内には医光寺と同様、室町期の画僧・雪舟作庭と伝わる庭園が残されています。

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庭園は本堂北側から書院北側にかけて展開する池泉観賞式の蓬莱庭園です。池泉の北側から東側にかけて築山を設け、池泉中央と東部に出島を、池泉北東部には枯滝石組を設けています。





築山には集団石組が見られます。石組は、頂部の須弥山石から渦巻状に築山を降りる意匠になっています。

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池泉北東部の枯滝石組と出島。室町期らしい、力強さと優美さを兼ね備えた石組が見られます。





護岸石組も、気品に満ちた見事なものになっています。




庭園西部、池泉から離れた位置に、三尊風の石組が見られます。




萬福寺はもともと平安時代に建立された安福寺を起源とし、応安7年(1374)、益田兼見(かねはる)によって萬福寺と改められ、当地へ移建されました。本堂は寺が当地に移建された時の建築で、重要文化財に指定されています。

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今回が二度目の訪問でしたが、萬福寺庭園は日本庭園の石組の持つ魅力を気づかせてくれた、管理人にとって思い入れの深い庭です。築山の集団石組をはじめ、抽象的な石組の存在感には、ただただ圧倒されます。この庭を見るたび、空間芸術たる日本庭園の本質的魅力を感じずにはいられません。

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医光寺庭園 ~島根県益田市~

山陰探訪最終日、2年振りに「雪舟庭園」で知られる益田市へ。室町期の画僧・雪舟作庭と伝わる2つの庭園のうち、まずは医光寺(いこうじ)庭園を訪ねます。

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庭園は本堂からの観賞を主体とした、池泉観賞式の蓬莱庭園です。本堂北側の山畔を築山として利用し、その手前に東西に細長く池泉を穿っています。

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池泉には、中島が一島配置されています。亀島であると同時に、蓬莱島としての意匠も兼ねています。





亀島の護岸には、室町期らしい、力強くも優美な石組が見られます。

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北西部山畔に設けられた枯滝石組。さほど大きな石は見られないものの、立石を多く用いた見事な石組で、左奥の須弥山石とともに、室町期の造形意識の高さを表しています。

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枯滝手前の出島。亀島と向き合う形で意匠されており、鶴出島とされます。

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枯滝石組と鶴出島。

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池泉手前側の汀線は複雑で、護岸石組も見事です。



医光寺はもともと崇観寺と呼ばれる寺の塔頭で、庭園は文明年間(1469〜1487)、当地の豪族・益田氏に招かれた雪舟により作庭されたと伝わります。しかし作庭に関する記録は残されておらず、雪舟作庭の客観的根拠は存在しません。

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中国~九州地方には文献的裏付けのない「雪舟作庭」が多く存在しますが、医光寺庭園については地割や石組の山水画的な手法から、専門家の間でも伝承どおり雪舟作庭と推定されているようです。ただし、庭は昭和33年、平成24年と修復を受けており、どこまで往時の姿を復元できているのかは不明です。

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永明寺庭園 ~島根県鹿足郡津和野町~

山陰探訪4日目、最終日です。この日は、古くから「山陰の小京都」として知られる、津和野を歩きます。まずは市街地西方にある曹洞宗の寺院、永明寺(ようめいじ)を訪ねます。

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永明寺は応永27年(1420)、津和野(三本松)城主だった吉見頼弘により創建され建てられた寺院です。書院裏手にある庭園は、ほぼ円形の池泉を中心に、池泉観賞式の蓬莱庭園が広がります。

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池のほぼ中心にある中島。亀島でしょうか。

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中島東部の立石は、亀頭石に見えます。

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池泉の西部は山畔となり、水落の滝が設けられます。

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池泉北西部は山畔から続く緩やかな築山となり、立石を主体とした纏まった石組が見られます。

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池泉北西部の護岸石組と、築山の集団石組。

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南西部から見た庭園と書院。

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境内に建つ茅葺の本堂や鐘楼は、享保14年(1720)に建てられたもので、風格を備えています。なお永明寺は歴代津和野藩主の菩提寺で、初代津和野藩主であり「千姫事件」で知られる坂崎直盛の墓も残されています。

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永明寺庭園の明確な作庭時期は不明で、一部には室町時代作庭とする情報も見られますが、地割や石組の意匠などから、現在の姿に整備されたのは江戸中期以降ではないかと思われます。

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小川庭園 ~島根県江津市~

山陰探訪3日目、温泉津から電車で都野津まで移動し、江津市和木の小川庭園を訪ねます。古くから和木の地に居を構え、「和木将軍」とも呼ばれた旧家・小川家の邸宅に、室町時代築造と伝わる池泉観賞式蓬莱庭園が残されています。

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庭園は、南北に細長い池泉(現在は枯池)を穿ち、南東部には山畔を利用して滝石組を設けています。一般的に「小川家雪舟庭園」の名で知られているようですが、雪舟が作庭したという客観的な根拠は存在しないようです。

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滝石組は二段構成で、上段が枯滝、下段は水落式の滝になっています。現在は石組保存のため水を落としていません。

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滝石組上段。頂部は三尊手法で、守護石は右手にやや傾斜した古式な手法となっています。

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滝石組下段。立石を中心とした力強くも美しい石組で、下部には水分石も見られます。

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北西部から滝石組を見る。手前には小規模な出島が設けられていますが、付近の石組は後世の改変を受けています。

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池泉南端の石橋。石橋自体は後世のものですが、周囲の石組は見事です。

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石橋と、池泉西岸の護岸石組。

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池泉北西岸には亀頭石風の石組が見られます。亀頭石付近は地表が盛り上がっていますが、もとは亀島としての中島だったようで、後世になって周囲の池泉を埋め立てたために現在は出島状になっています。

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小川庭園は現在も小川家によって管理されていますが、これほどの庭を個人宅で500年以上も維持されてこられたことに畏敬の念を抱かずにはいられません。訪問時は奥様に色々とお話を伺ったのですが、会話の端々から庭への思いが感じられ、とても有意義な時間を過ごすことができました。

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櫻井家庭園 ~島根県仁多郡奥出雲町~

山陰探訪2日目、絲原家を後にし、同じく「出雲鉄師御三家」の一つ、櫻井家を訪ねます。主屋東部には、かつての松江藩主・松平不昧も訪れたと伝わる、江戸末期作庭の池泉庭園が残されています。





庭園は書院南部、天然の岩肌を流れ落ちる滝を主景とした、池泉観賞式庭園です。

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滝は庭園北東部の「寿宝山」から水を引いています。なかなかの水量があり、迫力と同時に清涼感が感じられます。

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滝はこの庭を訪れた松平不昧により、「岩浪(がんろう)」と名付けられています。

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滝の下部では、左手に出島が設けられ、その手前には池中に水分石のような岩島が配置されています。重森完途によると出島と岩島は、それぞれ江戸中期の池泉庭園でよく見られる亀出島と亀頭石が退化したものとされます。

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滝右手の山畔に見られる、三尊風の石組。

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池泉東部には護岸石組や、山畔に自然の岩盤を利用したと思われる石組も見られます。

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池泉東端、土橋による太鼓橋と茶亭「掬掃亭」。掬掃亭は、日本画家・田能村直入による意匠と伝わります。

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庭園の西部に建つ書院。庭はこの書院からの観賞を主体として意匠されています。

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書院手前には、「出雲流庭園」の特長である、短冊石を用いた飛石が打たれています。

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書院の西側に続く主屋。重要文化財に指定されています。

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主屋は江戸中期の建築で、藩政期には藩主を迎える本陣としても使用されていました。現在も住居として使用されているため、内部へ上がっての見学はできません。

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庭園南部にある御成門。藩主御成の際に使用された門です。

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櫻井家は、大坂夏の陣において戦死した戦国武将・塙団右衛門の子・直胤を祖とする旧家で、江戸前期に鉄山業の経営を開始、「可部屋」を屋号としました。庭園は江戸末期らしく石組などの造形的魅力には欠けるものの、それを補って余りあるほど、「岩波」の滝を中心とした地割と景観の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあります。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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