茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

旧田中銀行主屋 (旧田中銀行博物館) ~山梨県甲州市~

旧田中銀行主屋は、山梨県甲州市勝沼町にある明治期の擬洋風建築です。もともと勝沼郵便電信局舎として明治30年代に建てられたもので、大正9年(1920)から田中銀行社屋として、昭和11年(1936)以降は田中銀行頭取だった田中家の住宅として使用されました。現在は旧田中銀行博物館として一般公開されています(2017年8月5日訪問)。

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明治期の山梨県内には、藤村紫朗の指導の下、多くの擬洋風建築が建てられました。旧田中銀行主屋は、旧睦沢学校などの藤村式建築を手掛けた、松木輝殷の施工とされます。

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木造二階建て、屋根は入母屋造桟瓦葺で、正面に千鳥破風を備えています。一方で窓は上げ下げ窓、外壁には灰漆喰を使用して石造りのように見せるなど、和洋折衷のデザインになっています。

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一階玄関ポーチ。天井は菱組天井になっており、扉には塗装による「ペンキ木目」が描かれています。ペンキ木目は、建物内の他の扉にも見られます。

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玄関ポーチの支柱には、細かい矢羽根状の装飾が施されています。

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一階内部。郵便電信局舎時代は4つの部屋に分かれていましたが、銀行社屋として使用するにあたって壁が撤去されています。

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一階には銀行時代にカウンターが設置されていましたが、住宅時代に撤去されたようです。天井には古民家で見られるような立派な梁が通されています。

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一階に展示されている事務用の机。銀行時代に頭取が実際に使用していたものです。

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一階には電話室も設けられています。

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一階便所の、陶器製の便器。

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二階への階段は螺旋階段になっており、手摺にも洋風意匠が見られます。

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二階は中央の廊下を挟み、左右に和室が設けられています。

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二階和室は、第二次大戦中に田中本家へ疎開していた北白川宮家の侍従・水戸部孚が住居として使用していました。

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現在も北白川宮家にまつわる調度類が多数残り、展示されています。

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二階・バルコニー手摺の意匠。

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主屋の北側には、大正9年に建てられた土蔵が残されています。

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コンクリート製の門柱。中央にはガス灯が設けられています。

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長い間、田中家の住宅として使用されていた旧田中銀行主屋ですが、平成9年(1997)に国の有形文化財に登録され、翌平成10年には勝沼町(現在の甲州市)に寄贈され、同17年から博物館として一般公開されています。山梨県内には旧津金学校旧室伏学校など「藤村式」の擬洋風建築がいくつか残されていますが、いずれも校舎建築であり、旧田中銀行は藤村式建築の流れをくむ銀行建築として、貴重な存在と言えます。

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旧亀岡家住宅 ~福島県伊達市~

福島県伊達市にある旧亀岡家住宅は、伊達崎村(現在の桑折町伊達)の実業家・亀岡正元の住宅として、明治37年(1904)頃に建てられたと推定される和洋折衷の大型住宅建築です。平成7年(1995)、伊達市保原総合公園内の現在地へ移築され、現在は国の重要文化財に指定されています。

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建物は座敷棟と居住棟から構成されます。座敷棟は木造二階建て、寄棟造り桟瓦葺で、正面に八角形の展望室と玄関ポーチを設けています。赤瓦の屋根、屋根上の尖塔風の通気孔、銅板張りの外壁など、個性的な外観になっています。

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座敷棟の玄関ポーチには、見事な折上げ格天井が見られます。

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座敷棟の背面には平屋建ての居住棟が付属します。現在は座敷棟の玄関は使用されておらず、居住棟から内部に入ります。

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居住棟入口の内側は、土間と板の間で構成される炊事場になっています。洋風の外観に比べ、建物内部は大部分が和風の座敷になっています。

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居住棟の主室となる、主人居間。「けやきの間」と呼ばれ、見事な折上げ額縁格天井や松竹梅の欄間など、全体にケヤキ材が使用されています。ガラス戸には家名に因んだ亀甲紋の格子が見られます。

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主人居間の奥にある家族居間。こちらも天井はケヤキ材を使用したもので、木目が市松状になるように配置された折上げ格天井になっています。付書院には、主人居間と同じく亀甲紋の組子が見られます。

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主人居間や家族居間では、床板や付書院に鶴亀の彫刻が施されています。

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次の間から見る座敷棟一階の正座敷。「杉の間」とも呼ばれ、床柱の柾目材をはじめ主に秋田杉を使用しています。正座敷、次の間とも天井は僅かに折上げた格天井になっています。

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座敷棟南東隅にある主人書斎。旧亀岡家住宅で唯一の洋間で、天井は中央を折上げた唐傘天井になっています(案内では「中央折上傘板張天井」となっていました)。

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座敷棟玄関のガラス戸。旧亀岡家住宅で見られるガラスは、全てイタリアから輸入品です。

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座敷棟の北端にある廻り階段。ケヤキ材をふんだんに使用し洋風意匠を施した、豪華なものです。

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階段の直下にあたる一階脇座敷の天井は、階段の曲線に合わせた、珍しいひねり天井になっています。

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座敷棟二階は、中央と四周を廊下が巡り、それらの間に3つの座敷が配置されています。

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二階・西座敷。床柱に鉄刀木、床框には紫檀、落し掛けには黒柿と、高級材がふんだんに使用され、付書院の格子は全て面取りされています。

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二階・東座敷。床廻りには花梨、黒柿、鉄刀木、栗、欅などの銘木を使用し、上質な数寄屋風の意匠としています。中でも埋もれ木を使用した落し掛けや、珍しい「うずら杢」の黒柿を使用した床柱の控え柱は見所です。

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東座敷の床天井も、菱形の格天井と、凝った造りになっています。

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二階南面の出窓部分(アルコープ)。左端にはひねりをもたせた階段が設けられ、その上は八角形の三階展望室となります(非公開)。

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二階の四周を取り巻く廊下では、コーナー部分の床板や天井板が放射状に張られ、天井の竿縁がカーブを描く独特の意匠となっています。

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施主・亀岡正元は、蚕種製造により財をなし、後には伊達崎村長や県会議員なども務めた人物です。旧亀岡家住宅の設計者ははっきりしませんが、岡山県内に多く残る江川三郎八の作品との共通点が多いとされ、江川による設計と考えられているようです。上質な木材をふんだんに使用し、随所に個性的な意匠や優れた技術を見ることができる、優れた住宅建築です。

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旧藤井彦四郎邸・和中庵 ~京都府京都市~

京都市左京区にある和中庵(わちゅうあん)は、五個荘(滋賀県東近江市)出身の商人・藤井彦四郎の邸宅として昭和3年(1928)に建てられました。現在はノートルダム女学院中学高等学校の敷地となり、洋館、奥座敷、茶室、土蔵が残されています。

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当時流行していた和洋館並列形の様式をとっており、渡り廊下で連結された洋館と奥座敷(和館)が並んでいます。かつて洋館西部には主屋が存在しましたが、近年解体され現存しません。

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洋館へは、一階西面の玄関から入ります。ここはかつて主屋と渡り廊下で接続されていた箇所で、玄関ポーチは近年になって設けられたものです。

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洋館入口の天井は、和洋折衷の意匠になっています。

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一階応接室。かつて窓には色ガラスがはめ込まれていたとも言われます。

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応接室では床や腰壁に木材が使用され、落ち着いた雰囲気を出しています。床には、寄木による雷文や市松の見事な意匠が見られます。

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玄関を挟んで応接室の向かいにある小間。

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小間の床にも、応接室のものとは違った寄木意匠が施されています。

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洋館の中心にある階段室。踊り場手前の壁面には持ち送りが設けられ、大理石部分にはアール・デコ風の彫刻が見られます。

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階段室の踊り場は多角形になっていて、窓には色ガラスが使用されています。

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社交場として使用されていたと思われる、二階ホール。大理石製の暖炉が設置され、アーチ窓には色ガラスが使用されています。

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和中庵は第二次大戦後、ノートルダム教育修道女会により修道院として使用されていたため、シャンデリア等の装飾品は簡素なものに取り替えられています。

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洋館二階北面に、奥座敷へと続く渡り廊下が設けられています。

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奥座敷は木造平屋建ての和風建築です。洋館よりも高い位置に建てられていて、洋館二階と奥座敷一階は同じ高さにあります。

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奥座敷は東西に3つの座敷が並ぶ間取りで、東面と南面には広縁が巡らされています。




奥座敷は典型的な書院造りになっています。それぞれの欄間には豪華な意匠が施されていたようですが、修道院時代に撤去されたとのことで、現在では見ることができません。

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中の間床脇の天井には、四十雀?の絵。

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奥座敷の南西隅に、茶室があります。南面と東面に大きく窓が開けられ、庭園を見下ろすことができます。床はフローリングになっていますが、往時は畳敷でした。

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藤井彦四郎は紡績業で財を成した商人で、「スキー毛糸」のブランドで知られています。出身である東近江市五個荘にも、和館と洋館から構成される邸宅が現存しています。

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第二次大戦後、和中庵は藤井家からノートルダム教育修道女会へ売却され、平成20年(2008)からはノートルダム女学院中学高等学校に移管されます。一時期、老朽化により解体が決定していましたが、主屋以外の建物は保存されることとなり、平成27年に改修工事を終えました。普段は一般公開されていませんが、年に1~2回特別公開されているようです。

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立花氏庭園(御花)② 洋館~福岡県柳川市~

立花氏庭園、後編です。前回は明治期の日本庭園である松濤園と建築群をざっと取り上げましたが、今回は現存建築群で最も見所のある洋館を紹介します。

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北側から見た洋館。洋館は和館や庭園(松濤園)の造営と同じ、明治43年(1910)に建造され、迎賓館として使用されました。フレンチルネッサンス様式で、木造二階建て、銅板及びスレート葺きで、設計は西原吉次郎によります。

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大広間(和館)から見た南面。中央には煙突が設けられています。

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玄関ポーチは北側に設けられています。現在はこちらからの入館はできませんが、円柱や天井の中心飾りが、伯爵邸としての華やかさと風格を表しています。

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三連アーチとイオニア式円柱が設けられた、玄関内部。

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玄関内部の照明と天井中心飾り。立花邸では、創建当初から自家発電設備が備わっていたそうです。

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玄関脇の小部屋。

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一階・食堂。一階で最も広い部屋で、南面にはマントルピースが備えられています。

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木材による曲線や直線の組み合わせが美しい、食堂天井。

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食堂西側の壁には、配膳用と思われる小窓が開けられています。

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階段室は東西計2か所ありますが、こちらの西側階段室が来客用でした。

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二階の大部分を占める広間。現在は結婚式等の催事にも使用されています。

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二階広間にも南面にマントルピースが設置されています。大きな鏡は、部屋を大きく明るく見せるためのものです。

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広間のマントルピースには、アイリスの絵柄が描かれたタイルが張られています。

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広間の照明と天井中心飾り。中心飾りは洋館で最も大きなものです。

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広間の天井は、廻り縁や持ち送りにも細かな彫刻が施されています。

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古代ギリシャ風意匠の広間入口。

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広間北側の小部屋。玄関ポーチの上部にあたります。

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立花氏は戦国武将として知られる立花宗茂以来、代々柳川藩主を務めた大名家で、廃藩置県後は伯爵の地位を与えられました。洋館をはじめとする立花邸は、旧柳川城御花畑に明治43年(1910)に造営されたもので、第二次大戦後は立花家が創業した料亭旅館「御花」となり、現在も営業しています。幼い頃から訪れてみたかったところでしたが、明治期の洋館、和館、庭園がほぼ当時のまま残っている様は見事で、城下町・柳川を象徴する風景と言えます。

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旧日本生命保険株式会社九州支店(福岡市赤煉瓦文化館) ~福岡県福岡市~

地下鉄天神駅の東方、前回取り上げた福岡県公会堂貴賓室から徒歩5分ほどの所に、赤煉瓦造の洋館があります。日本生命保険株式会社(現・日本生命保険相互会社)の九州支店として使用されていた建物で、現在は「福岡市赤煉瓦文化館」として一般公開されています。

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建物は、東京駅舎を手掛けた辰野片岡事務所の辰野金吾と片岡安の設計により、明治42年(1909)に建てられたものです。煉瓦造二階建て(地下一階)で天然スレート葺、「辰野式フリー・クラシック」と呼ばれる様式で、左右非対称の複雑なデザインになっています。

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煉瓦張と花崗岩による外壁、小塔と屋根窓を配したデザインは、19世紀末イギリスの「クイーンアン様式」を手本とした「辰野式」建築の特徴です。

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一階東部の玄関。玄関ポーチは小規模ですが、花崗岩によるを使用した立派な造りになっています。

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玄関ホール。右手が入口、左手は受付カウンターになっています。

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玄関ホールのカウンターは大理石製で、窓口部分には木製のカウンターグリルがはめ込まれています。

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カウンターグリルには、アール・ヌーヴォー風の意匠。

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玄関ホールの天井中心飾りや照明吊り具にも、アール・ヌーヴォー風のデザインが見られます。

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玄関ホール北側の東応接室。中央搭屋部分の一階にあたります。

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西応接室。各部屋とも照明吊り具はアール・ヌーヴォー風のデザインになっています。

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西応接室のマントルピース。マントルピースは部屋ごとにデザインが異なっています。

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建物の中心にある階段室。階段は手摺と支柱を除いて鉄製です。

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階段手摺子には、曲線を用いた見事なデザインが見られます。オリジナルは戦時中に供出され、昭和47年(1972)に復元されています。

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二階から階段室を見る。奥の搭屋部分には螺旋階段が付いています。
 
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二階・医員室。隣の診査室とともに、顧客への健康診断に使用された部屋です。

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建物内の部屋で最も広い、二階・会議室。

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会議室にはマントルピースとともに、大きな鏡が設置されています。照明を反射して室内を明るくするためのものです。

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会議室の東側は応接室として使用されたようで、天井中心飾りやカーテンボックスが設けられるなど、格調高い造りになっています。

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会議室と応接室を隔てるアーチ。

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旧日本生命保険株式会社九州支店は昭和44年(1969)に重要文化財に指定され、その後福岡市の所有となり福岡市歴史資料館となります。平成6年(1994)に歴史資料館としての役目を終えますが、その後は福岡市赤煉瓦文化館と名を変え、平成14年には一階事務室に福岡市文学館が開館しています。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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