茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

高梁の古い町並み ② ~岡山県高梁市~

高梁の古い町並み、後編は本町とその周辺を歩きます。

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本町は、小堀正次・政一(遠州)父子が備中国の代官として赴任した際、備中松山城の城下町として整備された町です。本町通り沿いに、古い町並みが残されています。

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本町にある個人宅。かつては商家だったと思われる、立派な町家です。

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本町の三浦源吉商店。うなぎの寝床状に、奥へと土蔵や塀が続いているのが見えます。

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本町から東へと抜ける路地があります。かつて存在した醤油屋に因んで、「菊屋小路」と呼ばれています。

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さらに本町通りを北へと進みます。

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こちらの個人宅はもとは歯科だったようです。大正~昭和初期頃の建築と思われ、花崗岩を用いた腰壁や窓の配置など、伝統的な町家とは趣きを異にしています。

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かつての商家と思われる個人宅。軒下に板暖簾、二階には海鼠壁が見られます。

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格子が美しい、高梁醤油。

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見事な建築群が残る池上家。池上家は江戸中期に小物問屋を始め、近代には醤油製造により財をなした豪商で、現在は高梁市商家資料館として公開されています。

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本町通りの北端にある山本金星堂書店。通り沿いの主屋は改造されてしまっていますが、二階建ての離れは旧状を保っているようです。

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本町を抜けて小高下谷川沿いにある、柏木邸。初代高梁市長・柏木貞一の旧宅で、楼閣風の二階建て離れが現存します。

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柏木邸の離れは、柏木貞一が書生のために土蔵を改築したものとのことで、現在はカフェとして利用されています。二階は南と西に入側を通した開放的な造りで、模様の入った窓ガラスは往時のものです。

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小高下谷川沿いを東へ進むと、武家屋敷街だった石火矢町に入ります。

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石火矢町には旧埴原家や旧折井家といった、かつての武家屋敷が残されています。後方には、備中松山城のある臥牛山が聳えます。

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高梁高校敷地内にある、有終図書館。大正14年(1925)、当時の高梁中学校の図書館として建てられた洋館です。

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高梁はもともと松山と呼ばれ、古くから山陰と山陽を結ぶ交通の要衝として、豪族や大名がその支配を巡って争った地でした。「高梁」の地名は、明治維新後に伊予松山と区別するため使用されるようになったものです。市内には優れた庭園の残る寺院もあり、これらについては後日改めて紹介したいと思います。

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高梁の古い町並み ① ~岡山県高梁市~

岡山県中部に位置する高梁(たかはし)市は、江戸時代、備中松山城の城下町として栄えました。現在でも本町、下町、鍛冶町などを中心に古い建物が点在しています。2回に分けて、初回は下町、鍛治町を中心にご紹介します。

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下町にある、ナオハラ薬局。伝統的な町家ですが、一階正面は改造され、レトロな雰囲気になっています。

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下町にある、陶山傳五郎商店。一般的な町家よりも間口が狭く、城郭の櫓のような形状をしています。

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陶山傳五郎商店の向かいにある、陶山傳五郎印刷所。二階外観が改造されてしまっていますが、一階部分に擬洋風建築としての面影が残されています。

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下町の町家でも特に規模の大きい、佐々木商店。

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下町の個人宅。二階は海鼠壁の蔵造り風、一階は格子のある京町家風という、ユニークなデザインです。

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下町を歩いていたら小さな神社を見つけました。標柱を見ると、「出雲大社備中分院」とのこと。

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下町にある、安原酒舗。白漆喰塗の立派な町家ですが、店舗としては既に廃業しているようです。

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下町の尾嶋酒舗。通りに沿って、立派な町家が二棟並びます。

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下町の西村邸。江戸時代に酒造業により財をなした豪商で、明治に入ると、後に中国銀行となる第86銀行の設立に関わるなど、銀行家として活躍しました。

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高梁川方向から望む西村家。三階建ての楼閣が、一際目を引きます。


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鍛冶町の森澤酒造。地酒「稔自慢」を製造している現役の蔵本です。

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同じく鍛冶町の竹村洗染店。

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市内を東西に流れる紺屋川。橋の上にある祠は、「高梁七恵比寿」の一つ、蛭子神社です。

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紺屋川沿いにある旧家・田中家。大正~昭和初期頃のものと思われる立派な和風建築で、左端には洋風の防火壁を伴っています。

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現在は高梁幼稚園となっている、藩校・有終館跡。「備中聖人」と呼ばれた幕末の儒学者・山田方谷(ほうこく)も学頭を務めました。

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紺屋川沿いにある、旧順正寮(順正記念館)。明治29年(1896)に建てられた擬洋風建築で、岡山県最初の女学校・順正女学校の校舎兼寄宿舎として使用されていました。

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紺屋川沿いにある、高梁基督教会堂。明治22年(1889)に建てられた擬洋風建築で、現存の教会堂としては県内最古とされます(詳細は次々回の記事で紹介予定)。

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紺屋川の北側、中之町にある東医院。昭和初期頃の建築と思われる、平屋の洋館が現存します。

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町並みの南はずれにある、高梁市郷土資料館。明治37年(1904)、高梁尋常高等小学校の本館として建てられた擬洋風建築で、玄関車寄には見事な折上格天井が見られます。

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②に続きます。


 
 
 
 

下関の近代建築群 ~山口県下関市~

本州最西端に位置する下関は、古くから外国船の寄港地として発展した港町です。関門海峡に臨む唐戸地区を中心として、市内には多くの近代建築が残されています。

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唐戸地区にある、山口銀行旧本店。大正9年(1920)に三井銀行下関支店として建てられた、鉄筋コンクリート造二階建ての建築です。日本銀行本店などを手掛けた長野宇平治の設計で、現在は「やまぎん史料館」として一般公開されています。随所に古典主義的な意匠が見られますが、全体的に品良く纏められている感じがあります。

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同じく唐戸地区にある、旧不動貯金銀行下関支店。昭和9年(1934)に建てられた鉄筋コンクリート造二階建ての建築で、現在は中国労働金庫下関支店として使用されています。トスカーナ様式の円柱が特徴で、玄関上部にもナツメヤシのレリーフや持ち送りなどの意匠が見られます。

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唐戸地区にある旧赤間関郵便電信局。明治33年(1900)に建てられた、煉瓦造二階建ての建物で、下関市内で最も古い近代建築です。

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旧赤間関郵便電信局は、現在も下関南部町郵便局として使用されています。現役の郵便局舎としては最古のものとされますが、過度な装飾はなく、全体的にシンプルなデザインになっています。

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南部町郵便局の隣にある、旧秋田商会ビル。大正4年(1915)に建てられた鉄筋コンクリート造三階建ての建物で、ドームを冠した塔屋と屋上庭園を持つ、個性的な建物です。

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唐戸地区のTACビル。モダニズム然としたシンプルなデザインが特徴で、昭和10年(1935)に建てられたようです。近年まで周囲には多くの近代建築が残っていたようですが、再開発によりほとんど取り壊されてしまったようです。

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唐戸地区にある旧下関英国領事館。明治39年(1906)に建てられた煉瓦造二階建ての建物で、旧秋田商会とともに下関のシンボル的存在になっています。

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旧下関英国領事館は、国内に残る領事館建築では最古と言われます。現在は一階が展示コーナー、二階がカフェとして使用されています。

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唐戸地区の旧関門汽船株式会社(関門ビル)。モダンなデザインの鉄筋コンクリート造五階建ての建物で、昭和6年(1931)築、現在もテナントビルとして使用されています。

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唐戸地区を望む丘陵に残る、藤原義江記念館(紅葉館)。ホームリンガー商会の創立者フレデリック・リンガーの息子の住宅として、昭和11年(1936)に建てられました。モダニズム然とした外観は、旧秋田商会や旧領事館とは好対照です。

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唐戸地区の東方にある老舗割烹旅館・春帆楼本店。本館の脇に、昭和12年(1937)に建てられた日清講和記念館があります。

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日清講和記念館は、春帆楼で開催された日清講和会議と講和条約の歴史的意義を後世に伝える目的で建てられました。鉄筋コンクリート造の近代和風建築で、内部には講和会議の会場が再現されています。

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唐戸地区の北方、田中町にある旧宮崎商館(旧ロダン美容室)。明治40年(1907)に建てられた煉瓦造二階建ての建物で、バルコニーのアーチなど、前年に建てられた旧英国領事館からデザイン面で影響を受けているようです。

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同じく田中町にある、旧下関郵便局電話課庁舎。大正13年(1924)、逓信省営繕課の設計で建てられた、鉄筋コンクリート造三階建ての建物です。塔屋や窓のアーチ型のデザインは、当代の電話局舎建築の特徴をよく示しています。

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旧下関郵便局電話課庁舎は、現在では田中絹代ぶんか館として一般公開されています。内部は大部分が改装されていますが、階段室は往時のまま残されています。

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入江町にある擬洋風建築・喜楽湯。近年閉店した老舗の銭湯で、建築年代は不明ですが、大正~昭和初期といったところでしょうか。

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入江町の北、丸山町に立派な近代和風建築があります。大正~昭和初期頃に建てられたと思われるミニ洋館付きの立派な建物で、各種地図では「和光荘」とされていますが、詳細は不明。

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丸山町にある、旧日本メソヂスト下関教会(日本基督教団下関丸山教会)。昭和13年(1938)に建てられた木造の礼拝堂で、スパニッシュスタイルの瀟洒な塔屋が目を引きます。

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唐戸地区の西方、岬之町の高台にある旧東洋捕鯨下関店(蜂谷ビル)。大正15年(1926)に建てられた煉瓦造二階建ての建物で、モルタル壁の中にデザインとして一部赤煉瓦を見せることで、アクセントとしています。

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下関では近年、臨港地区の再開発が進み、多くの歴史的建築が失われたようですが、それでも未だ多くの近代建築が残されています。関門海峡の対岸・門司港地区にも多くの近代建築が残っているので、合わせて回るのも良いでしょう。


 
 
 
 

柳川の古い町並み ~福岡県柳川市~

福岡県西南部に位置する柳川市は、古くから柳川城の城下町として発展してきました。旧柳川藩主・立花氏の邸宅「御花」のある沖端町を中心に、古い町並みが残されています。

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「水郷」として知られる柳川、市街地では縦横に掘割が巡らされています。主に柳川城の堀として築かれたもので、現在では小舟による川下りが観光客に人気です。

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もともと柳川の地は湿地帯でしたが、江戸初期、田中氏が城主の頃に掘割が整備されました。近代以降は庶民の生活用水として利用されました。


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柳城中学校の敷地となっている柳川城本丸址。遺構は学校建設によりほとんど破壊され、周囲にわずかに水堀が残っています。

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本丸址の一角に残る天守台。地元では「へそくり山」と呼ばれ、かつて南蛮造りの五層天守がそびえていました。

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天守台基部には石垣が見られますが、どこまでが城の遺構なのかはよく分かりません。

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柳川城南西部にある立花氏庭園(御花)。もともとは柳川藩主・立花氏の別邸として造営されたもので、現存する建築群と庭園は明治期のものです(詳細は前回、前々回の記事をご覧ください)。

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御花周辺の沖端町は、町並みが最もよく残されている区域です。掘割の両岸に、昔ながらの料理店や土産屋が建ち並びます。

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掘割沿いにある沖端水天宮。沖端にあった稲荷神社と弥剣神社の三神を合祀するかたちで明治2年(1869)に創建されました。

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柳川城下・鬼童町にある、旧戸島家住宅。柳川藩士だった吉田兼儔(かねとも)の隠居所として、文政11年(1828)に造営されたもので、建築と庭園が一体となって現存します。次回、詳細を取り上げます。




柳川には古く弥生時代から人が住み、低湿地を利用して耕作が行われていました。室町時代に大友氏家臣・蒲池(かまち)氏によって柳川城が築かれ、蒲池氏滅亡後は龍造寺氏の所領となったのち、大友家臣・立花宗茂の所領となります。関ヶ原合戦後に宗茂が陸奥棚倉に移封となると田中吉正が入封し、城を近世城郭として整備しましたが、田中氏が改易されると再び立花宗茂が入封、初代柳川藩主となり、以後立花氏が明治まで藩主を務めています。

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門司港地区の近代建築群 ~福岡県北九州市~

北九州市北東部に位置する門司は、明治・大正と国際貿易港として栄えた港町です。重要文化財に指定されている門司港駅舎を初め、多くの近代建築が残り、「門司港レトロ」として観光スポットになっています。

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門司港駅のすぐ東方にある、旧横浜正金銀行門司支店。昭和9年(1934)竣工の鉄筋コンクリート造の洋風建築で、現在は北九州銀行門司支店として使用されています。

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明治24年(1891)に建てられた旧九州鉄道本社(国登録有形文化財)。煉瓦造りの洋風建築で、現在は九州鉄道記念館の本館として公開されています。

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関門海峡を見下ろす丘陵に建つ、旧門司市役所(国登録有形文化財)。昭和5年(1930)に建てられたモダニズム建築で、現在は北九州市門司区役所として使用されています。

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かつての料亭・三宜楼(さんきろう)。昭和6年(1931)に建てられた、木造三階建ての和風建築です。

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三宜楼は昭和30年代に料亭としての役割を終え、現在は北九州市による管理の下、一般公開されています。次回記事で単独で取り上げます。

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門司港地区の北東、浜町にある旧門司郵便局電話課庁舎。大正13年(1924)の建築ですが、大正期とは思えないモダンな外観です。

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旧門司郵便局電話課庁舎は、現在ではNTTの所有となり、門司電気通信レトロ館として公開されています。

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門司港レトロ地区の中心にある、旧門司三井倶楽部(重要文化財)。大正10年(1921)、谷町に建てられたハーフティンバー様式の洋館で、平成6年(1994)に現在地へ移築されました。

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旧門司三井倶楽部は一階がカフェ、二階はアインシュタインメモリアルルームと林芙美子記念館となり、一般公開されています。後日単独で取り上げます。

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三井倶楽部の向かいに建つ、旧三井物産門司支店。昭和12年(1937)竣工のモダニズム建築で、現在はギャラリーや店舗として使用されています。

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三井倶楽部の隣に建つ、旧日本郵船門司支店。昭和2年(1927)の竣工のモダニズム建築で、海運大手三社の一つ・日本郵船の社屋でした。




大理石やタイルを使用した、旧日本郵船門司支店の玄関ホール。建物は現在では「門司郵船ビル」となり、海運会社や海運関係団体などの事務所が入居しています。

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こちらも海運大手三社の一つ・商船三井(旧大阪商船)の事務所だった、旧大阪商船門司支店(国登録有形文化財)。八角形の塔が印象的な、大正6年(1917)竣工の洋館で、現在はギャラリーや貸しホールとして使用されています。

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明治42年(1909)に建てられた煉瓦造りの洋館、旧門司税関庁舎。長い間荒廃していましたが、平成3年(1993)に往時の姿に復元され、現在はカフェやギャラリーとして使用されています。

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旧門司税関のすぐ近くにある、北九州市立国際友好記念図書館。かつて中国・大連市にあった、東清鉄道汽船の事務所を複製したもので、近代建築ではありません(平成7年築)。

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門司は古くから関門海峡を監視する要衝でしたが、明治22年(1889)国の特別輸出港に指定されて以降、国際貿易港都市として発展しました。現在では北九州市を代表する観光スポットで、同じ古い港町でも、横浜や神戸とはまた違った独特の雰囲気があります。なお、有名な門司港駅は改修工事中だったので、今回は撮影できずでした。。

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次回は三宜楼を取り上げます。

 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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