茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

妙成寺の伽藍建築群と庭園 ~石川県羽咋市~

早めの夏休みを取って、3泊4日で北陸地方を訪れました。まずは加賀前田家ゆかりの妙成寺へ。庭園が目当てだったのですが、前田家初代から五代にわたって造営された伽藍建築の素晴らしさに驚かされました。

寛永二年(1625)建立の仁王門。杮葺の伽藍が多い妙成寺では珍しい、瓦葺の建物です。

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仁王門を潜るとすぐ正面に五重塔が現れます。元和4年(1618)建立の、北陸地方唯一の木造五重塔で、屋根は栩(とち)葺です。

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寛文10年(1670)建立の経堂。屋根は天平時代の寺院建築に多く見られる寄棟造りになっています。

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貞享三年(1686)建立の丈六堂。高さ約5mもある釈迦牟尼仏像が安置されています。

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本堂の左手に隣接する、元和9年(1623)建立の三光堂。日天・月天・明星天の三光天を安置しています。

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慶長19年(1614)建立の本堂。室町時代~桃山時代の建築手法と密教的な建築手法が混在しています。

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本堂の右手に隣接する、寛永元年(1624)建立の祖師堂。内部の欄間や屋根側面の妻飾りなどに、桃山風の華やかな装飾が見られます。

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貞享3年(1686)建立の三十番神堂拝殿。奥に三十番神堂が控えています。

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慶長19年(1614)建立の三十番神堂。京都の北野天満宮から移築されたという説があります。

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文禄2年(1593)建立の庫裡。境内で最も古い建物で、建築様式も古式となっています。

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万治2年(1659)建立の書院。数寄屋風の建物で、前面に池泉庭園が広がります。

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書院の前に広がる庭園。心字池を中心とした観賞式庭園で、五重塔を借景としています。

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護岸には立石を中心とした、意欲的な石組が見られます。

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江戸時代前期の作庭と考えられていますが、江戸末期に改修されているようで、もともとは枯山水庭園だったと考えられているようです。

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池の左手には集団石組が見られ、亀を象っていると考えられています。

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妙成寺は日蓮宗の寺院で、日蓮の孫弟子・日像によって永仁2年(1294)に創建されたと伝わります。天正10年(1582)に前田利家から寺領を寄進され、江戸時代には前田家から庇護を受けました。境内には桃山~江戸時代前期に建てられた伽藍建築が多く残り、そのうち10棟は国の重要文化財に指定されています。

次回は羽咋市から志賀町へ移動し、平家庭園を訪れます。

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平泉寺白山神社 ~福井県勝山市~

GW2日目は、百名山に数えられる白山の西麓、以前から訪れたかった平泉寺白山神社を訪れます。

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養老元年(717年)、泰澄により白山神社が開かれ、平泉寺はその別当寺として建てられました。白山信仰の拠点として中世には比叡山の勢力下に入り、戦国時代には城砦化され、朝倉氏と並ぶ大勢力となりますが、天正二年(1574)一向一揆の焼討で全山焼失し、衰退しました。

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明治に入り神仏分離令により平泉寺は廃され、白山神社のみが残りました。苔むした石垣参道や寺院城郭として城砦化された点は、湖東三山の一つ・百済寺(滋賀県東近江市)にどこか似ています。

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一の鳥居を過ぎ参道左手にある旧玄成院(げんじょういん)庭園。戦国時代に管領・細川高国により作庭されたと伝わる枯山水庭園です。次回の記事で単独で取り上げます。

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境内にある御手洗(みたらし)池は、「平泉寺」の名前の由来となった泉で、今も水が湧き続けています。

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池中にある影向石(ようごういわ)に現れた白山の大神のお告げにより、白山神社が建てられたと伝わります。

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新緑の参道を進むと、やがて二の鳥居が見えてきます。

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二の鳥居を過ぎるといよいよ拝殿です。

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現在の拝殿は安政六年(1859)に造営されたものです。周囲の苔の美しさは京都の西芳寺と並び賞され、「苔寺」とも呼ばれています。

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拝殿周囲にある礎石は、一向一揆による焼討で焼失したかつての拝殿のものです。正面が四十五間(約80メートル)もある巨大な拝殿だったといいます。

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拝殿の奥にある本社(寛政七年(1795)造営)。伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀っています。

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本社の奥の参道を上ると、境内最奥の三之宮(奥社)があります。この先は三頭山への登山道となります。

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境内南方の谷は、多くの坊院が建ち並んでいた地区です。発掘調査により、石垣や石畳、用水路が発見されています。

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坊院址には発掘調査に基づいて門と土塀が復元されていました。

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連休ということもあってか、昨年JRのCMで宣伝されたからか、思っていた以上に観光客が多くて写真を撮るのに苦労しましたが、杉の大木に囲まれ苔で埋め尽くされた境内は、まさに「幽玄」という言葉が相応しい、神秘的な空間でした。

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次回は旧玄成院庭園です。

 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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