茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

蒲原の古い町並み ~静岡県静岡市~

静岡市東部に位置する蒲原は、古く中世には蒲原城の城下町、江戸時代には東海道の宿場町として栄えました。JR新蒲原駅の北方、東西に延びる旧東海道沿いには、現在も古い建物が残り、宿場町の面影を残しています。

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蒲原宿の西境だった西木戸址から、旧東海道を歩きます。元禄12年(1699)の津波により、それまで海沿いを通っていた東海道は山側に付け替えられたため、西木戸の辺りで道が北へ直角に曲がっています。

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旧街道沿いには、古い町屋や昔からの商店が点在します。

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旧志田邸付近。右手の町屋が醤油の醸造業を営んでいた志田家、左手には前回ご紹介した五十嵐歯科医院のライトグリーンの壁が見えています。

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安政2年(1855)に建てられた志田邸。現在は資料館として一般公開されています。

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明治42年(1909)築の磯部家住宅。二階建ての重厚な和風建築で、一階の窓ガラスにはもみじの模様が施されています。

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本町会館。側面にはレンガによる防火壁が見られます。

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蒲原宿本陣址。現在は佐藤家の所有となり、敷地内には大正期に建てられた木造二階建ての洋館が残されています。





かつて「和泉屋」という名の旅籠だった鈴木家。現在の建物は天保年間(1830~1844)に建てられたもので、手摺や引き戸の櫛形の意匠が特徴的。

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旧街道をさらに東へと進みます。

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海鼠壁が印象的な、「塗り家造り」の吉田家。かつては僊華堂という屋号の和菓子屋でした。

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同じく塗り家造りの佐藤家。こちらもかつては佐野屋という屋号の商家でした。

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出桁造りの立派な町屋も見られます。

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渡辺家に残る3階建ての土蔵。渡辺家はかつて木材を扱う問屋で、「木屋」を屋号としていました。

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蒲原宿東端となる、東木戸址。道を屈曲させた「喰い違い」が見られます。

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蒲原は静岡県内の旧東海道宿場町としては、その面影を比較的よく残しています。旧街道沿いには至る所に解説板が設置され、古い町並みを残していこうする地元の姿勢が感じ取れます。なお、蒲原は中世まで蒲原城の城下町で、戦国時代には、今川、北条、武田、徳川と、次々と領主が変わり、現在でも旧街道の北方に聳える城山(蒲原城址)には戦国期の郭址や堀切などの遺構が残されています。


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有松の古い町並み ~愛知県名古屋市~

名古屋市東部に位置する有松は、かつて東海道の宿場町でした。有松駅の南方、東西に延びる旧街道沿いには、江戸後期以降に建てられた町屋がずらりと並び、現在も往時の面影を残しています。

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有松の西端となる、西町の町並み。有松は江戸初期、尾張藩の政策により鳴海宿と池鯉鮒宿の間に造られた宿場町ですが、竹田庄九郎が始めた絞り染めが発達し、「有松・鳴海絞り」の町として繁栄しました。


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西町の西端に残る小塚家住宅。かつては山形屋という屋号の絞り問屋で、現在もうだつの見られる黒漆喰塗込の主屋が残ります。

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西町の岡家住宅。かつては絞り問屋・丸屋丈助の店として使用されていたもので、江戸末期に建てられた白漆喰塗込の主屋が残ります。

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西町の竹田家住宅。江戸時代に建てられた主屋をはじめ、書院棟、茶室などが現存します。

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中舛竹田家。有松絞りの開祖・竹田庄九郎ゆかりの建物と伝わります。
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西町から旧街道を東へ進むと、中町、東町と続きます。

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東町に入り、すぐ左手に見えてくるのが服部豊家住宅です。うだつが見事な主屋、その奥に白壁の土蔵が続きます。

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服部豊家は寛政2年(1790)に、向かいの大井桁屋から分家した絞問屋で、屋号を「井桁屋」と言いました。文久元年(1861)に建てられた主屋、土蔵、長屋門などのほか、明治に入り建てられた数寄屋風の座敷も残されているようです。

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服部豊家住宅の東隣には、明治期に服部家から分家した服部良也家住宅が残ります。

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もともと有松の町屋は茅葺きでしたが、天明4年(1784)の大火で村ごと全焼した後は、瓦葺きで漆喰塗込による町屋に建て替えられ、建物によっては海鼠壁やうだつを設けるなど、町全体が防火性を備えたものへと生まれ変わりました。平成28年には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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四間道の古い町並み ~愛知県名古屋市~

 名古屋市西区那古屋、地下鉄丸の内駅から堀川を隔てた西岸に、四間道(しけみち)の古い町並みが残ります。徳川家康による名古屋築城時に清須から移った商人たちにより形成された町で、今なお往時の面影を色濃く残しています。

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堀川に並行して南北に伸びる「四間道」と呼ばれる通りの西側に町屋が、東側に土蔵が建ち並びます。元禄13年(1700)の大火で多くの商家が焼失したことを受け、防火のために通りを四間に拡張したことから、「四間道」の名が付いたと言われます。

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通りの東側、石垣上に並ぶ土蔵群。土蔵が多いのも、元禄の大火後、尾張藩が防火のために土蔵を建てることを奨励したためと言われます。

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「四間道」から西側に入ると、古く立派な長屋が残っていました。

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津島でも見られた、「屋根神様(やねがみさま)」。湯島神社、秋葉神社、熱田神宮の3つの神様を祀っているそうです。

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こちらの屋根神様はやや小ぶり。

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付近には、他にも古い長屋が点在しています。

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戦後の都市開発により、町屋や土蔵の数はかなり減ったようですが、それでも名古屋市の市街地の只中にあって、これだけの町並みが残っていることは奇跡に近いのではないでしょうか。昭和61年(1986)には名古屋市の町並み保存地区に指定されており、今後もこの美しい町並みが保存されることを願います。

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津島の古い町並み② ~愛知県津島市~

②です。引き続き、上街道周辺を南に進みます。

天王通り3丁目の沖邸。規模の大きい立派な町屋です。

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上街道沿いの渡邉邸。愛知県や岐阜県でよく見られる、「屋根神様」が祀られています。

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上街道沿い、本町3丁目の長珍酒造。江戸後期創業の老舗酒造です。

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本町4丁目の三養荘。大規模な主屋は貞享2年(1685)築と伝わり、庇には「屋根神様」が見られます。主屋の奥には茶室もありますが、津島では広く茶文化が浸透していたようで、他にも市内には茶室を備えた町屋が多く存在します。

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舟戸町の誠見堂薬局。昭和の香りを放っています。

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南本町の岡本邸。大規模な主屋は、道路拡張時に曳家されているそうで、奥には茶室も残っています。

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筏場町にある浅井邸。

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上街道を本町2丁目まで戻り、江戸後期創業の伊勢屋茶舗。こちらも建物内に茶室を備えているようです。

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レトロな香りの看板。

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西御堂町の加藤洋服店。

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加藤洋服店のレトロな看板。「キャップヤーンテックス」とは、紳士服用の超高級生地の名称のようです。

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片町の町並み。こちらの民家は屋根の妻側を正面にしています。

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片町にある、津島神社の社家・氷室作太夫家。津島に残る唯一の社家住宅で、江戸末期に建てられた母屋や長屋、門などが残されています。

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橋詰町の加藤薬局。

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以上、2回に渡って津島の町並みをご紹介しましたが、古い町並みがこれだけ広範囲に残り、また「屋根神様」や茶室のある町屋など、固有の景観が残されていることは貴重です。今回は下調べが不十分で回ることができませんでしたが、津島神社近くの祢宜町には、一般公開されている堀田家(重要文化財)や旧太田家など、見応えのある建物が残ってるようです。

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津島の古い町並み① ~愛知県津島市~

名古屋市の西に位置する津島市は、古くから津島神社の門前町として栄え、また上街道と下街道が交差する交通の要衝でした。旧街道沿いを中心に残る古い町並みを、2回に分けてご紹介します。

JR津島駅から西に徒歩5分ほど、宝町あたりから古い建物が現れてきます。

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宝町にある山口建設。戦前の建物と思われます。

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天王通りの石原印刷。ベランダのバラスターなど、洋風の意匠が見られる近代建築です。

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旧上街道沿い、米町にある富永商店。うだつの見られる立派な町屋です。

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上街道沿いを北に歩き、米之座町の遠山邸。建物の裏には、塀で囲まれた広大な敷地が広がっています。

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上街道沿いをさらに北に歩くと北町に入ります。上街道への北の入口だった地区で、古い民家が多く残ります。

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上街道を南下し、津島で古い町並みが最も良く保存されている本町へ入ります。

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本町1丁目、糀屋。高欄の波型の意匠が印象的です。

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本町1丁目にある、米真商店(右)と佐藤進邸(左)。

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本町のシンボル・旧津島信用金庫本店(現・津島観光交流センター)。昭和4年(1929)築、鉄筋コンクリート造2階建ての洋館です。ルネッサンス様式を基調としながら装飾を簡略化した「近世復興式」と呼ばれる建築様式で、一部にアールデコ調の意匠も見られます。

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天王通りを挟んで、本町2丁目にある富永邸。格子が見事な町屋です。

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本町2丁目にも古い商店が残っています。

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上街道と下街道が交差する、交通の要衝「橋詰三叉路」。正面の建物はかつて魚屋だった、旧カネ長(信長ゆめ倶楽部)です。

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天王通り沿いの古民家。現在は空き家のようですが、各窓で桟の意匠がそれぞれ異なる、凝った造りの建物です。

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天王通り沿いにある小さな祠。津島の街中には、こうした祠や「屋根神様」が今でも点在していて、津島信仰の面影を伝えています。屋根神様のある建物については、次回の記事で取り上げます。

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②へ続きます。

 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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