茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

旧角海家住宅 ~石川県輪島市~

輪島市黒島町の重要伝統的建造物群指定地区にある旧角海家住宅は、江戸時代に廻船業で栄えた豪商の邸宅です。土蔵4棟以外は、明治4年(1871)の大火後に再建されたもので、平成19年(2007)の能登半島地震で半壊しましたが、その後輪島市へ寄贈され、往時の姿に復元されました。

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主屋正面の簾虫籠。波のような模様が縦に入る、優れたデザインのものです。長い間蔵にしまわれていましたが、能登半島地震後の修復時に再び取り付けられました。

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梁の持ち送りも洒落たデザインになっています。

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小さな扉から建物内へと入ります。

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主屋土間。高い天井と太い梁が立派です。

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土間に面した「店の間」。

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「中の間」(手前)から「座敷」(奥)を見る。

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「座敷」の襖は、漆を塗った紙が貼られた珍しいものになっています。

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「茶の間」。

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地元で「ミツボガコイ」と呼ばれる、三方を建物に囲まれた庭。ガラス戸は隅を直角に進むことができるようになっています。

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窓の木枠が幾何学的。

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主屋の西端に位置する「離れ」。

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離れの西隅には一段高く「望楼の間」が設けられています。ここから日本海を望むことができます。

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主屋の西に隣接する、地上三階建の家財蔵。明治の大火でも焼けずに残りました。

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江戸時代、輪島市黒島町は北前船の船主(廻船問屋)と船員の居住区として栄えましたが、角海家は黒島の船主の邸宅として、その特徴をよく残しています。能登半島地震の影響は大きかったようですが、見事に復元されました。現在は建物全体が石川県の文化財に指定されています。

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次回は、さらに輪島市内を北へ進み、平家末裔の庭園が残る、上時国家を訪れます。

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野村家跡 ~石川県金沢市~

北陸の旅3日目、ひがし茶屋街を後にし、同じ金沢市内の武家屋敷街にある野村家跡へ。野村家は加賀前田家の重臣で、代々奉行職などを務めた家で、現在は屋敷跡が一般に公開されています。

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奥の間。シンプルな書院造りになっています。

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奥の間縁側から庭園を見る。

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謁見の間。左奥は仏間、右奥は上段の間です。実は現在の謁見の間は明治以降、各地へ分割された野村家の跡地に、下橋立村(現在の加賀市)の豪商・久保彦兵衛の邸宅を移してきたもので、野村家オリジナルのものではありません。

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謁見の間の見事な襖絵は、大聖寺藩士であった山口梅園の作です。

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上段の間。紫檀・黒檀などの高級材を用い、天井は総檜作りの折上げ格天井という、格式高い造りになっています。こちらも久保彦兵衛の邸宅から移築されています。

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上段の間外側に広がる庭園。

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日本庭園の醍醐味である石組は特筆すべきものはありませんが、縁側下まで池が迫り、その上に飛び石が設けられるという、珍しい空間構成で、独特の美空間を演出しています。

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狭い通路を通って、茶室へと向かいます。

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茶室手前には露地風の坪庭があります。

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茶室は主屋よりも一段高い場所にあるため、石段を登って入ります。

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茶室入口。引き戸には網代が施されています。

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茶室内部。船底天井、略式の床の間など、素朴ながらも遊び心が感じられる空間です。この隣にも茶室がもう一間あります。

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野村家は、建物の主要部分が失われているものの、往時のままの庭園や、久保家から移築された上段・謁見の間は素晴らしく、金沢でも有数の観光スポットになっています。ただ、庭園を「遠州好みの庭」として紹介していますが、小堀遠州の作風とは全く異なり、よく意味が分かりませんでした。。

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次回は野村家のある、長町の武家屋敷街を歩きます。


 
 
 
 

松桜閣 (旧国重正文邸) ~富山県黒部市~

北陸の旅2日目、黒部宇奈月温泉駅のすぐ近くにある松桜閣(しょうおうかく)へ。松桜閣は明治16年(1883)、初代富山県知事(県令)国重正文の邸宅として建てられた二階建て楼閣風建築で、もともとは上新川郡奥田村(現在の富山市)にありましたが、豪農・西田収三によって現在地に移築され、周囲の庭園が整備されました。

庭園から見る松桜閣(右)と茶室(左)。

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松桜閣一階の座敷。数寄屋を取り入れた書院造りとなっています。

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二階への階段はらせん状になっています。

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階段を上がったところにある二畳間。

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二畳間から、庭園を見下ろす。庭園は、松桜閣をこの地に移した西田収三によって造られました。

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二階・座敷。こちらも数寄屋風の意匠が見られます。

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二階・次の間から見下ろす庭園。池は琵琶湖を象っているといいます。

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一階の雨戸は隅を直角に進むことができるようになっています。

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松桜閣の西側に建つ茶室の玄関。

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茶室玄関の欄間には繊細な意匠の組子が見られます。

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茶室玄関奥の二畳間。色ガラスと花形の電灯が洋風の趣を演出しています。

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二畳間の色ガラス。秀逸なデザインです。

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茶室・次の間。

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茶室。中央を高く持ち上げた天井が印象的です。

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庭園では、紫陽花が見頃を迎えていました。

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県令の私邸から豪農の別邸へとなった松桜閣でしたが、昭和6年(1931)には天真寺が購入、増改築により創建当初とは大きく姿を変えていましたが、平成26年に創建当時の姿に復元され、一般公開が始まりました。庭園と調和した美しい姿は、「北陸の銀閣」と呼ばれています。


次回は高岡市へ移動し、山町筋の古い町並みを歩きます。

 
 
 
 
プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
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