茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

旧栃木県庁舎(第4代栃木県庁舎昭和館) ~栃木県宇都宮市~

宇都宮にある昭和館は、昭和13年(1938)、四代目の栃木県庁として、当時の宇都宮市塩田町に建てられた、鉄筋コンクリート造四階(地下一階)建ての近代建築です。平成20年(2008)、正面部分のみが現在地へ移築復元され、公開されています。

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設計は、栃木県出身の建築家で、日比谷公会堂や早稲田大学大隈講堂の設計で知られる佐藤功一によります。もともと戦前の庁舎建築に多いロの字形の平面をしていましたが、移築保存されているのは正面部分のみとなっています。

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外壁には人造石やタイルが使用され、二階から四階までは、フルテーティング(縦溝)のある通し柱(ジャイアント・オーダー)が設けられています。通し柱の頂部にはパルメットのレリーフが見られます。

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玄関ホール。階段を上がった所が二階になります。

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建物内部は中央に階段室があり、廊下の南側に各部屋が配置されています。かつて西側には議事堂が接続していました。

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階段室の窓にはステンドグラスが見られます。

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内部の柱や壁のタイルには、よく見るとパルメットのレリーフが施されています。

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豪華な装飾が施された、二階・旧警察部長室。現在は食堂として使用されています。

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旧警察部長室には、外壁に設けられていた通し柱(ジャイアント・オーダー)の頂部が保存されています。

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同じく旧警察部長室に保存されている、かつて議事堂の天井にあったレリーフ。

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三階・貴賓室。マントルピースには電熱式暖房が備えられていました。

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3階の廊下にはダストシュートが残されています。ダストシュートとは、かつて高層建築で多く用いられていたゴミ投棄用の設備で、投入口にゴミを入れるとチューブを通って一階又は地下まで落ちていくというものです。

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四階・正庁。現存する最も大きな部屋で、会議や式典などに使用されていました。

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正庁の演壇。

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正庁の天井やペディメントには、石膏による豪華なレリーフが施されています。シャンデリアは昭和47年のものとされます。

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正庁のカーテンボックスとラジエーターカバー。ラジエーターカバーには大理石が使用されています。

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正庁の扉。

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旧栃木県庁舎は、四代目の県庁舎として昭和13年から平成15年まで使用され、歴代の栃木県庁舎の中では最も長く使用されていました。保存されているのは旧庁舎のごく一部に過ぎませんが、正庁や貴賓室などは綺麗に修復されており、往時を偲ぶことができます。

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旧植竹庄兵衛家住宅(大日苑)~茨城県稲敷市~

茨城県稲敷市にある旧植竹庄兵衛家住宅は、江戸崎入(霞ヶ浦)の干拓事業を主導した植竹庄兵衛の住居として昭和14年(1939)に建てられた、和洋館並列型住宅です。洋館・和館ともに現存し、現在はNPO法人・稲敷伝統文化保存会により管理されています(2018年2月訪問)。

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北側に建つ洋館は木造二階建てスレート葺、屋根の形状など特異な外観で、軒下や壁面にはレリーフが施されています。玄関ポーチが撤去され、窓にアルミサッシが入れらるなど、後世に改変を受けている点が残念…

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洋館の玄関内部。天井は格天井になっています。

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洋館内部はほとんどが和室になっていています。こちらは数寄屋風の一階座敷で、神棚も設置されています。

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洋館の階段。上部のアーチと螺旋状の親柱が特徴です。

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洋館二階・ホール。二階はホールを中心に、三つの和室が配置されています。

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洋館二階・客間。巨木の床柱も見事ですが、右手のガラス窓に埋め込まれた、鶴と松の透かしが圧巻です。

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ホール側(外側)から鶴と松の透かしを見る。階段の手摺で見えませんが、ガラス窓の下部は無双窓になっています。

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洋館の南側にある和館。外観は伝統的な和風建築そのもので、寺社建築のような趣きです。

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和館内部は、二間からなる広間と、脇座敷で構成されます。各仕切り欄間には、「堅田落雁」や「唐崎夜雨」など、近江八景をモチーフにした透かし彫りが見られます。

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和館広間の座敷。久邇宮朝融王の住居として使用されていた時期があり、天井は二重の格縁を巡らした吹寄折上格天井、床柱には鉄刀木(たがやさん)を使用するなど、贅を尽くした空間になっています。

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広間座敷の付書院。書院障子には梅と鶯、板欄間には富士と、いずれも見事な意匠の透かしです。

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広間と広縁の間の欄間には、鳳凰をモチーフにしたステンドグラスがはめ込まれています。和館の欄間にステンドグラスを入れるのは、非常に珍しい例と言えます。

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広間を取り巻く広縁の天井は、コーナー部分の造作が見事。

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広間の北側に続く、脇座敷。訪問時には、雛飾りが置かれていました。

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脇座敷の床天井には、様々なバリエーションの網代が見られます。

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脇座敷の欄間にも、ステンドグラスがはめ込まれています。

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敷地南側にある表門。門柱と塀は、モルタル洗い出しによる擬石です。門柱にある「大日苑」とは、後世に結婚式場として使用されていた時期に付けられた名称です。

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門を出て右側の林の中に、統一されたデザインによる複数の平屋洋館が残されています。植竹庄兵衛により建てられたものと言われ、経年や近年の火災の影響で荒廃していますが、宮家や軍人の宿泊に使用されたものとされる、貴重な遺構です。

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旧植竹庄兵衛家住宅は洋館、和館とも様式にとらわれない自由な手法がとられており、昭和初期の住宅建築としては非常にユニークかつ貴重な遺構と言えます。なお、年中公開されているわけではなく、見学の際は事前に予約が必要となります。

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旧岩崎家住宅② ~東京都台東区~

旧岩崎家住宅、後編です。今回は洋館二階と和館大広間、撞球室を見ていきます(2017年12月訪問)。

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洋館二階・客室。二階は3つの客室と集会室で構成されます。

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洋館二階・婦人客室。天井と壁紙をピンク色で統一した、明るい空間です。

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婦人客室には、一階の婦人客室と同様、イスラム風のデザインが見られます。

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洋館二階・南側客室。壁には金唐革紙が張られています。金唐革紙は、西洋の金唐革を和紙で模造した、日本固有の技術です。

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洋館二階・集会室。二階で最も広い部屋で、南面にはベランダへの出入口が付けられています。

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集会室の天井には、見事な中心飾りが見られます。

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二階ベランダ。列柱のデザインや板敷の床など、一階ベランダとは趣が異なっています。奥に見える建物は、旧岩崎邸和館の大部分を撤去して建てられた、最高裁判所司法研修所の旧庁舎です。

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大理石を用いた便所。明治期の住宅としては珍しい、水洗式便所です。

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洋館の南西には、和館の大広間が現存します。施工は、政財界人の邸宅を多く手掛けたとされる大工棟梁・大河喜十郎によります。

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大広間内部。かつて広大な面積を誇った和館は、現在では大広間を残すのみとなっています。

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大広間の床の間と付書院。床の間に描かれた富士は、明治日本画の巨匠と言われる橋本雅邦の作です。

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大広間の欄間は、岩崎家の紋「三階菱」をモチーフにしていると言われます。

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大広間廊下の引き戸にも、橋本雅邦作とされる板絵が見られます。

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大広間と洋館を繋ぐ渡り廊下。

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洋館東方には、撞球室があります。洋館と同じくコンドルによる設計ですが、洋館とは雰囲気が異なり、スイスの山小屋風の造りになっています。

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撞球室外壁はログハウス風の校倉造を基本としていますが、妻下部分は鱗型の板張になっています。

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撞球室内部。撞球室は地下通路で洋館と接続されています。

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洋館北部に現存する袖壁も、細かなレリーフやペディメントを設けるなど凝った造りになっています。

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旧岩崎家住宅は、終戦とともに連合国軍総司令部に接収されましたが、昭和28年(1953)に日本政府へ返還、平成15年(2003)には東京都に移管され、都立公園として一般公開されるに至りました。洋館、大広間、撞球室は国の重要文化財に指定されていますが、特に洋館は明治期の本格的な洋風建築として貴重な遺構と言えます。

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旧岩崎家住宅① ~東京都台東区~

東京都台東区にある旧岩崎家住宅は、三菱第3代社長・岩崎久彌の本邸として明治29年(1896)に建てられました。洋館と和館の一部が現存しており、見所が多いため二回に分けてご紹介します(2017年12月訪問)。

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旧岩崎家住宅は、迎賓館としての洋館と、生活空間としての和館から構成されます。和館は大部分が取り壊され、現在では大広間を残すのみとなっています。

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洋館玄関部分の塔屋。洋館は木造二階建てスレート葺、外壁は下見板張りで、設計は三菱お抱えのイギリス人建築家、ジョサイア・コンドルによります。

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洋館は17世紀前半のイギリスで流行した、ジャコビアン様式を基調としています。玄関上部の塔屋や、外壁の細かなレリーフのデザインは、ジャコビアン様式の特徴とされます。

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洋館東面。中央にベイ・ウィンドウがあり、一階にはサンルームが設けられています。

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南東方向から洋館を望む。南面は、コンドルが好んだとされる、各階にベランダを設けるコロニアル様式となっています。

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一階ベランダ。天井の菱形模様や列柱のデザインは、ジャコビアン様式の特徴とされます。

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玄関内部。

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玄関の欄間や窓には、ステンドグラスがはめ込まれています。

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玄関ホール。左手に進むと洋館中心部、奥に進むと和館に続きます。

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玄関ホールから廊下を進んだところにある、一階ホール。重厚なマントルピースには、黒大理石とヴィクトリアン・タイルが使用されています。

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一階・食堂。

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一階・客室。

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一階・婦人客室。天井に施されたシルクの刺繍が目を引きます。

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婦人客室のコーナー部分には、コンドルが好んだイスラム風デザインのアーチがつけられています。

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一階・書斎。三菱幹部との打合せなどに使用されたと言われます。

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明治後期に増築された、一階東面のサンルーム。

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ホールに設けられた階段。手前の列柱下部に彫刻が施されている点が、ジャコビアン様式の特徴とされます。

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後編へ続きます。

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旧山崎家別邸 ~埼玉県川越市~

旧山崎家別邸は、古い町並みで有名な川越市に残る、大正期の住宅建築です。川越の老舗菓子屋「亀屋」の五代目である山崎嘉七の隠居所として大正14年(1925)に建てられ、陸軍の演習で川越を訪れた皇族や、大韓帝国最後の皇太子・李垠を迎えるなど、私的迎賓館としても使用されました。

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設計は日本初の住宅作家の一人とされる保岡勝也で、二階建ての洋館と平屋建ての和館が一体となった和洋館並列の形式をとります。

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洋館西面に設置された玄関ドア。ガラス部分には、アール・ヌーヴォー風の装飾が見られます。

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内玄関は北面に付けられています。北面は、洋館だけでなく和館や土蔵の外壁にもモルタルが塗られています。

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洋館・階段室。二階は寝室や書斎となりますが、非公開です。

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高さ2m近くある、階段室のステンドグラス。鳥と花を描いたもので、日本のステンドグラス制作における先駆者・小川三知の作品です。

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階段室下部の壁面にもステンドグラスがありますが、こちらは作者不明のようです。

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洋館一階・客室。南面(左手)の扉の外には、庭園に出るためのベランダとテレースが付属しています。

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客室のステンドグラス。こちらは別府ステンド硝子製作所の作品です。

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洋館一階・食堂。こちらも準備室との間の窓に、別府ステンド硝子製作所によるステンドグラスがはめ込まれています。

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和館一階・客間。床の間は琵琶棚を備え、広縁側(南側)には付書院を伴います。

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客間は全体的に数寄屋風の趣で、壁は京壁、襖の腰部には市松模様が施されています。

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客間南側の広縁。天井は内側と外側で意匠を変えています。

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客間の東側にある、居間。北側に床の間と神棚を備え、南側は掛込天井としています。

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居間の東側に隣接するベランダ。サンルーム的な空間で、北側には孫のために設けられた児童室が隣接しています。

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旧山崎家別邸の設計者・保岡勝也は、東京帝国大学の出身で、三菱合資会社(現・三菱地所)に入社し、東京丸の内の事務所群を設計しました。大正2年(1913)の独立後、旧八十五銀行本店(現・埼玉りそな銀行川越支店)をはじめとする川越の近代建築を手掛けたほか、東京都文京区の旧麻田駒之助邸(現・平野家住宅)などの住宅建築を設計しています。なお、旧山崎家別邸の主屋南面に残る庭園及び茶室も、保岡勝也が手掛けています。

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プロフィール

Hakka

Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
※建築は基本的に内部公開されているものを取り上げています。
※画像の無断転載はお断りします。

 
 
 
 
 
 
 
 
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