茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

拾翠亭 ~京都府京都市~

京都御苑内、九条池(勾玉池)の畔に建つ拾翠亭(しゅうすいてい)は、五摂家だった九条家の別邸として、江戸時代後期に建てられた数寄屋建築です。茶会や歌会などの社交場として利用された建物で、現存する数少ない「貴族の茶室」です。

建物は木造二階建て、一階・二階とも東面(池側)と北面に高欄を設け、屋根は瓦葺と柿葺を組み合わせています。





一階は、南側や北側に突き上げ戸を設けています。

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南面。二階屋根には鯱が上がっています。

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一階「控えの間」。北側(左手)に広間が続きます。

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一階「広間」。一階の主室で、東面(池側)には広縁を備えています。

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広間・釘隠し。

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広間東面の広縁。前面には九条池が広がります。

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亭内の障子には、継目と縦桟とを半分ずつずらして貼る、「石垣貼り」という高度な手法が用いられています。

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一階北側に隣接する「小間」。1畳の手前座と2畳の客座からなる茶室です。

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二階。踏込床を備えた略式の書院造りです。

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二階西側の窓には、「丁子七宝」と呼ばれる模様が彫られています。

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二階、床側から池側を見る。

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二階から九条池を見下ろす。池の中央には「高倉橋」と呼ばれる、明治15年(1882)竣工の反橋が渡されています。

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高倉橋から望む拾翠亭。九条池は安永7年(1778)頃、旧九条邸内に造られた池で、周囲は回遊式の庭園となっています。

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九条家は藤原北家の流れをくむ公家で、この地に邸宅を構えたのは安土桃山期とされます。九条邸に存在した建物のほとんどは明治期に失われ、現在では池を中心とした庭園と庭内の厳島神社、拾翠亭のみが残されています。なお、拾翠亭の公開日は毎週木・金・土曜日のみなので、ご訪問の際はご注意を!


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明治学院記念館 ~東京都港区~

明治学院構内、インブリー館の隣に、明治23年(1890)に建てられた洋風建築が残ります。神学部の校舎及び図書館として使用されていた建物で、現在では「明治学院記念館」として、毎年11初旬の学祭期間中に特別公開されています。

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建物は二階建てで、創建当初は総煉瓦造でしたが、明治27年(1894)の地震で大破し、二階のみ木造に変更されています。

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設計は明治学院の教員だったH.M.ランディス教授によります。当時アメリカで流行していたネオゴシックの様式を取り入れています。

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一階内部から玄関を振り返る。建物内は一階が小チャペルと資料展示スペース、二階は会議室や事務室として使用されています。

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かつて書庫だった、一階・小チャペル。

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階段ホール。

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二階・会議室。かつて図書館だった部屋です。

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建物とは直接関係ないですが、会議室には大正期にアメリカから持ち込まれたオルガンが展示されています。かつて明治学院内に存在した「サンダム館」に置かれていたアメリカ製のリードオルガンで、現在でも演奏可能とのことです。

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インブリー館(左)と明治学院記念館(右)。記念館の対面にはW.M.ヴォーリズの設計による礼拝堂も現存し、学生の入学式や卒業式に使用されています。

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明治23年(1890)に建てられた明治学院記念館ですが、度重なる震災や火災等により、その都度姿を変えて現在の姿となりました。なお、隣接するインブリー館と同じく、もともとは現在地より東方に建っていましたが、昭和39年(1964)、曳家により現在地へ移されています。


 
 
 
 

明治学院インブリー館 ~東京都港区~

東京都港区白金台にある明治学院大学は、明治20年(1887)に開校した、国内最古のミッション系大学です(管理人の母校でもあります)。校内には明治~大正期に建てられた洋館が3棟残されており、毎年11月の学祭期間中に特別公開されますが、今回はそのうちの一つ、インブリー館をご紹介します。

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インブリー館は明治22年(1889)頃、宣教師の住居として建てられました。木造二階建て、外壁は下見板張り、屋根は銅版葺(創建当初は瓦葺)となっています。

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設計者は不詳ですが、1870年~1880年代のアメリカの木造住宅建築の様式を取り入れており、外国人が設計に関与していると考えられています。和室や廊下を一切設けず、和風の意匠も見られない、当時としては珍しい本格的な洋風建築です。

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一階・応接室。一階は、壁は漆喰、木部はワニスで仕上げられています。

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応接室の暖炉。天井の煙突に繋がっています。

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寄木板張りの床。床の寄木意匠は各部屋ごとに異なっています。

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応接室の南側はサンテラスのようになっています。

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階段ホール。一階、二階とも、この階段ホールを中心に各部屋が配置されています。

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階段踊り場の小窓。

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階段を上がり二階へと向かいます。

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階段上の天井は、館内で唯一和風な作りになっています。

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階段裏側は、各部屋の床と同じく寄木になっています。

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各部屋のドアも寄木。

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二階は主にプライベートスペースとして使用されていたと考えられています。一階と同様、二階の各部屋の壁は漆喰塗りですが、木部はペンキで仕上げられています。

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二階東面にはバルコニーが設けられています。奥の建物は同じく明治期に建てられた明治学院記念館です(次回紹介予定)。

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インブリー館は、もともと現在よりも東方に建っていましたが、昭和39年(1964)に国道一号線拡張のため、曳家により現在地へと移されました。平成7年(1995)~9年にかけては解体修復工事が行われ、創建当初の姿に復元されています。なお、インブリー館の名称は、明治学院神学部教授だったW.インブリー氏が長年居住したことによります。

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旧前田家本邸・和館 ② ~東京都目黒区~

前回に引き続き、旧前田家本邸・和館です。

二階への階段。二階は通常非公開ですが、毎年10月末~11上旬にかけて開催される東京都文化財ウィークで特別公開されます。

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階段踊り場には、白タイル貼りのトイレと風呂場があります。

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踊り場から二階を見る。

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階段室の天井は竿縁が二重に渡されています。

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二階・居間。格式高い正統な書院造りです。

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居間の床脇。壁は雲形金砂子(金箔を粉末にしたもの)で仕上げられています。

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居間の東面と南面は窓を大きくとり、高欄を巡らせて楼閣風としています。

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居間の天井。格天井を崩したような特異なデザインです。

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居間のシャンデリア。一階広間と同じく花形のデザインです。

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居間の脇にある洗い場。階段踊り場のトイレ・風呂場と同じく、白タイルでモダンな印象です。

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和館の西側には、茶室が付属します。

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茶室も通常は非公開で、文化財ウィークの際に特別公開されます。

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庭から見た茶室。設計は木村清兵衛によります。

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昭和5年(1930)に前田家本邸の迎賓館として建てられた和館ですが、太平洋戦争中に前田家当主・利為が事故死し、その後疎開してきた中島飛行機の本社として使用されることになります。終戦後は隣接する洋館とともに連合軍に接収されますが、昭和31年(1956)に国へ返還され、昭和42年からは和館・洋館を含めた旧前田家本邸の敷地全体が駒場公園として整備され、一般開放されています。

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旧前田家本邸・和館 ① ~東京都目黒区~

東京都目黒区の駒場公園は、かつて旧加賀前田家16代当主・前田利為(としなり)侯爵の邸宅でした。公園内には、昭和4年(1929)に建てられた洋館とともに、迎賓館として昭和5年に竣工した和館が残されています。二回に分けて、今回は一階部分を中心にご紹介します。

和館北側の表門と格子の塀。

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表門を内側から見る。表門は妻側を唐破風とした薬医門で、玄関へのアプローチには露地風の石畳が敷かれています。

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和館の設計は、明治~昭和初期に多くの寺院建築を手がけた帝室技芸員・佐々木岩次郎らによります。木造二階建てで、一階北面に玄関を設け、西側は渡廊下で洋館と接続しています。

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和館南面。二階部分は楼閣風の造りで、写真では見えませんが二階屋根頂部に宝珠を上げています。

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一階南面には火燈窓が設けられています。

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玄関内部。船底天井になっています。

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一階廊下。畳敷きの広々とした廊下です。

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一階南側の広間。客間と次の間の二間からなり、あわせて約40畳の広さがあります。

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一階・客間。伝統的な書院造ですが、違い棚と付書院を伴う、格式の高い造りです。

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付書院と火燈窓。

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透かし彫りが見事な、広間の欄間。

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広間の南側には縁座敷が巡り、その外に池泉庭園が広がります。

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広間東側の10畳和室。こちらも正統な書院造りです(東京都文化財ウィーク開催時期のみ公開)。

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②へ続きます。次回は二階内部と茶室をご紹介します。

 
 
 
 

旧石川組製糸西洋館 ~埼玉県入間市~

埼玉県入間市にある旧石川組製糸西洋館は、石川組製糸(明治~昭和期の製紙会社)の創始者・石川幾太郎が、外国人商人を招く際の迎賓館として、大正期に建てた洋館です。平成15年に入間市に寄贈され、現在では年に数回、日時限定で特別公開されています。今回はその中でも年間2回のみの、本館二階部分の特別公開に合わせて訪問しました。


建物は木造二階建て、屋根は洋瓦葺き、外壁はタイル貼りになっていて、東側に平屋の別館が付属しています(別館内部は非公開)。本館外観の基本的なデザインは洋風ですが、正面玄関の車寄せは入母屋造りに格天井という、和風なものになっています。

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南面。二階の張り出し部分は、当初はベランダでしたが、第二次大戦後に建物を接収した進駐軍により改造されています。

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軒裏には雷文模様が見られますが、屋内にも随所に同様の模様が見られます。

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一階・玄関ホール。天井は鉄板を叩いて作られたもので、左手の飾り暖炉は大理石製です。

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一階・応接室。天井は見事な折上式の小組格天井で、格式の高さを物語っています。

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一階・寝室。

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一階・客間。北側にはベイウィンドウが設けられ、照明はステンドグラスになっています。

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一階・食堂。天井は独特の幾何学的なデザインになっています。

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腰板や組木による床のデザインも見所です。

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階段を上って二階へ。階段の手摺は一本の木から作られています。

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二階・ホール。階段に面した大窓により、明るく開放的な空間となっています。

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二階・大広間。絨毯の下にはコルク材が敷かれ、8箇所あるカーテンボックスは全て絵柄が異なっています。

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大広間北側には、三崎弥三郎の作とされるステンドグラスが残ります。

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二階には和室が二間設けられています。戦後、進駐軍によって洋室に改造された際、クローゼットやドアが設けられるなどの改変を受けています。

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和室の外側には、市松模様の組木による廊下が巡らされています。

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旧石川組製糸西洋館の明確な建築時期は不明ですが、大正10年(1921)には上棟が行われていることが判っています。現在では年に数回の公開となっていますが、入間市では今後、修復・改修を行った上での一般公開を予定しているとのこです。なお、二階・貴賓室は損傷が激しいことから、特別公開時も非公開となっています。

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ブラフ18番館 ~神奈川県横浜市~

ブラフ18番館は、横浜山手のイタリア山庭園に建つ洋館です。もともとはオーストラリア人貿易商の住宅として、関東大震災後に山手町45番地に建てられたもので、平成5年(1993)現在地に移築され、公開されています。


建物は木造二階建て、屋根はフランス瓦葺き、壁はモルタルで仕上げられています。

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北西隅にある玄関。ドーリア式の円柱と、チェッカーガラスをアクセント的に使用した扉が特徴的です。

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玄関床のタイルデザインも美しい。

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緑色の枠と格子で統一された、窓のデザインも秀逸です。

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西面と北面にはベイウィンドウが設けられ、鎧戸が付けられています。

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一階・居間。

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建物内の調度の多くは、「横浜家具」呼ばれる、横浜で生産されていた西洋風の家具です。

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居間のマントルピース。ブラフ18番館は平成3年(1991)に解体工事を受けていますが、こちらは建物内に解体前から存在する唯一のマントルピースです。

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一階・応接室。現在はイベントスペースとしても使用されているようで、訪れた際はビブラフォンのコンサートのリハーサル中でした。

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居間と応接室の東側には、サンルームが設けられています。

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一階・食堂。こちらにも多くの横浜家具が置かれています。

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階段を上がり二階へ。

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二階・寝室。置かれているベッドは、かつて市内南区にあった洋風建築「唐沢26番館」から移されたものです。

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二階・閲覧室。窓が多く、東側にはバルコニーが設けられた、開放的な空間です。

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ブラフ18番館は関東大震災後に建てられましたが、解体の結果、もともと山手町に存在した住宅建築の部材を多く使用していることが判っています。戦後は天主公教横浜地区(現・カトリック横浜司教区)によってカトリック山手教会の司祭館として長く使用されてきましたが、平成5年(1993)に横浜市へと寄贈され、現在は横浜市により管理されています。

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外交官の家 (旧内田家住宅) ~神奈川県横浜市~

外交官の家は、横浜・山手地区に多数現存する洋館の一つです。もとは明治43年(1910)、当時の外交官・内田定槌の自邸として現在の東京都渋谷区に建てられたもので、現在は山手のイタリア山庭園内に移築され、一般公開されています。

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設計は教師であり建築家でもあったアメリカ人、J.M.ガーディナーによります。木造二階建て、屋根はスレート葺き、壁は下見板張りで、北東隅に八角形の塔屋を設けています。かつて西側には和館が付属していました。

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装飾が見事な、玄関外扉のガラス窓。各部屋の家具や装飾には、当時流行していたアール・ヌーヴォーの影響が随所に見られます。

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一階・食堂。テーブルや椅子は復元されたものです。

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食堂の暖炉型ストーブ。イギリス製のマジョリカタイルが使用されています。

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暖炉型ストーブの脇にはステンドグラスが見られます。

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一階・小客間。来客の休憩や、家族の団欒に使用されました。

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小客間の外側をサンルームが巡ります。隅は塔屋の一階部分に当たります。

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小客間に隣接する大客間。こちらにも暖炉型ストーブが設置されています。

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大客間にも見事なステンドグラスが見られます。

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二階・書斎への入り口。茶室の火灯口のような曲線が印象的です。

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書斎内部。

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二階・主寝室。夫妻の寝室で、北側には小さなベランダも付いています。

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一階と同じくサンルームとなる塔屋二階部分。陽子夫人のプライベートスペースだったそうです。

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二階・浴室。白亜の壁と床が清潔感を感じさせます。

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もともと渋谷にあった外交官の家ですが、平成9年(1997)、内田家の子孫から横浜市へ寄贈され、現在地へ移築されました(同じイタリア山庭園内には、大正期の洋館・ブラフ18番館も移築されています)。なお、外交官の家を設計したJ.M.ガーディナーは、明治13年(1880)に立教学校(後の立教大学)の教師として来日しましたが、後にハーバード大学の学部学位を取得し、建築家として日本で多くの高官や企業家の住宅を手掛けています。

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本庄の近代建築群 ~埼玉県本庄市~

埼玉県北部に位置する本庄市は、江戸時代は中山道の宿場町、明治以降は生糸・絹織物の生産地として栄えました。市街地には明治~戦前に建てられた建物が多く残ります。


本庄市銀座にある、たかはし理容室。古い洋館ですが、建築年代は分かりませんでした。

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同じく銀座にあるニシザワ写真館。昭和初期の建築です。

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銀座にある長屋。壁面をスクラッチタイルで飾った、洋風の長屋です。

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銀座にある近代和風建築。料亭か何かだったのでしょうか。

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昭和9年(1934)築の本庄仲町郵便局。タイル貼りのモダニズム建築ですが、近年正面がトタンで覆われてしまい、不恰好になってしまっているのが残念。。

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仲町郵便局の隣にある諸井家住宅。伝統的な蔵造りに、菱組天井や色ガラスなど洋風の意匠を取り入れた和洋折衷の様式は、あきる野市の小机家住宅と似ています。

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本庄市中央にある飯塚医院。年代は不明ですが、和洋折衷の近代建築です。

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同じく中央にある個人宅。二階建ての和風建築に洋館が付随する立派な近代建築ですが、既に廃屋のようです。

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県道沿いにある「電気館カレー」。戦前のものと思われる看板建築です。

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中央にある旧本庄警察署。明治16年(1883)築、木造2階建ての洋館です。

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旧本庄警察署は、現在は本庄市立歴史民俗資料館として開放されています。植物や鳥を象った天井飾り、コリント式の柱やバルコニー柵のアールデコ調のデザインなど、細部の意匠も優れています。

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旧本庄商業銀行倉庫。明治27年(1894)築の煉瓦造りの洋館で、施工は清水組によります。

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県道沿いにある中澤医院。大正期に建てられた瀟洒な洋館です。

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本庄市街地には、古い土蔵が多く見られます。こちらは美容室として活用されていました。

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本庄駅近くにある、旧大政商店本庄支店。大正年間築、煉瓦で固められた蔵造りの商家です。

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旧エンバーソン住宅 ~静岡県静岡市~

旧エンバーソン住宅は、カナダの宣教師ロバート・エンバーソンの自邸として、明治37年(1904)現在の静岡市葵区に建てられた木造洋館です。現在は日本平動物園の脇に移築され、一般公開されています。

建物正面となる南面。張り出し部分は一階が玄関ポーチ、二階はバルコニーとなっています。桟瓦葺きの屋根には屋根裏窓が設置されています。

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西面は一階にバルコニー、二階にサンルームを設けています。バルコニーのアーチが印象的。

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一階玄関ホール。階段手摺りの擬宝珠が印象的です。

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玄関ホールにある靴箱。現在建物内にある家具は別の場所から移されてきたものですが、この靴箱だけはエンバーソンが実際に使用していたものだそうです。

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一階、応接間。暖炉は移築時に新設されたものです。

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一階北西に位置する居間。

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応接室と居間を隔てる引戸の襖には、掛川産の葛布(くずふ)と呼ばれる織物が使用されています。

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一階、食堂。昭和33年(1958)に改造されています。

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厨房~食堂間の壁には配膳用の小窓が開けられています。厨房は主屋に隣接する別棟にありましたが、昭和33年(1958)に別棟ごと解体され、現存しません。

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一階、風呂場。白漆喰とタイルの壁が、清潔感を感じさせる空間です。

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二階には計4か所の洋室があります。

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いかにもそれっぽく見えますが、ソファやドレッサーは一般公開の際、他の施設から移されたものです。

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二階西面のサンルーム。窓ガラスには気泡が見られます。

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ロバート・エンバーソンは、カナダ・メソジスト教会の宣教師で、明治34年(1901)に来日、伝道活動のほかにも、市民や軍人に英語を教えたり、「静岡ホーム」と呼ばれる託児所を運営したりと、教育家としても活躍しました。エンバーソンの帰国後もエンバーソン邸の建物は教会関係者によって使用され、昭和61年(1986)に静岡市へ寄贈され現在地へ移築されています。現在は静岡市の指定文化財になっています。

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Author:Hakka
関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
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