茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

正伝寺庭園 ~京都府京都市~

正伝寺(しょうでんじ)は、京都市北区西賀茂にある、臨済宗南禅寺派の寺院です。方丈東部に、江戸初期作庭と推定される枯山水庭園が残されています。

正伝寺庭園・全景      



庭園は方丈東部、塀で囲まれた長方形の空間に、大刈込を七五三の形式で配置しています。意匠構成を後方にまとめて前方を白砂敷とするのは江戸初期禅院方丈庭園の典型様式ですが、この庭では石組や築山を用いず、刈込のみの意匠としている点が最大の特徴です。




刈込は右手(南部)から七五三の配置になっています。龍安寺庭園など、石組を七五三配置とする庭園は多く見られますが、刈込の七五三配置は他に例を見ないものです。





向かって右側の刈込。よく見ると7群の刈込で構成されていることが分かります。





中央の刈込。こちらは5群の刈込で構成されます。




最も左手、3群の刈込。刈込はどれも大和絵的なおおらかさがあり、龍安寺などで見られるような禅院枯山水の厳しさとは対照的な印象です。





庭園右端には切妻屋根の門が建っています。伏見城から移築されたもので、桃山建築の様式を今に伝えます。





門から方丈へと続く延段。大振りの自然石を用いて霰敷とした、力強い手法です。




この庭のもう一つの特徴が、比叡山を借景に取り込んでいる点です。白砂、刈込、塀、借景の見事なバランスが、この庭の最大の魅力でしょう。




正伝寺は鎌倉時代、兀庵普寧(ごったんふねい)禅師が今出川の地に創建し、その後、東巌恵安により開基、東巌没後に現在地へ移されました。現在の方丈は承応元年(1652)、金地院にあった旧伏見城御殿を移築したもので、庭園もこの頃の作庭と推定されています。




この庭も小堀遠州が作庭したという伝承がありますが、方丈が再建された承応元年の時点で遠州は既に死没しているので、一般にこの説は否定されています。大刈込を用いた庭園としては詩仙堂庭園や慈光院庭園、大池寺庭園などが知られていますが、刈込を石組に見立てて七五三配置とした例は、ここ正伝寺だけです。なお庭園は長い間荒廃していましたが、昭和9年(1934)、重森三玲を中心とする京都林泉協会の有志によって復元されています。

正伝寺・庭園と比叡山

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関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
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