茶の湯的 ・ 建築 庭園 町並み観賞録

 
 
 
 

天龍寺庭園 ~京都府京都市~

京都市嵐山にある天龍寺は、康永4年(1345)、後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓疎石を開山として足利尊氏が開創した、京都五山第一位の寺院です。方丈西側には、我が国屈指の名庭と賞される庭園が残されています。

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庭園は、曹源池(そうげんち)と呼ばれる広大な池を中心に展開する、池泉舟遊兼回遊式庭園です。背後の嵐山を借景として取り入れています。

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池の東岸(方丈側)は二箇所に出島を設け、緩やかで優雅な汀線を描きます。

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亀を模った池泉の形状や、築山や野筋の様式は、『作庭記』に基づいた平安期の様式を伝えているとされます。

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東岸出島の石組意匠や先端の岩島は、兵頭大社庭園などと共通する、鎌倉後期の様式とされます。

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方丈の対岸、池泉西岸の築山には、豪壮な滝石組が見られます。現在は枯滝となっていますが、戦前までは水が落ちていたようです。滝の下部には三枚の石橋と、池中には鋭い岩島による鶴島が浮かびます(写真右下)。

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対岸からしか見ることができないため肉眼では詳細が把握できませんが、滝石組は二段式で龍門瀑の形式をとっており、滝の上段には鯉魚石が置かれています。通常鯉魚石は滝の下部に置かれるものですが、天龍寺庭園の鯉魚石は滝を登り龍へと変化する瞬間を表現した、他に例を見ないものです。

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池の北岸(書院側)より枯滝石組と西岸護岸石組を見る。

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池の北部には亀島である中島が設けられています。石組は後世に改変されているようで、西岸の護岸や滝石組と比べると陳腐な印象は否めません。

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通説では天龍寺庭園を作庭したのは夢窓疎石とされていますが、重森三玲は著書『日本庭園史大系』において、池泉はもともと平安中期に兼明親王が山荘を構えた際に造られ、また現在見られる石組は鎌倉時代当地に後嵯峨上皇が御所を築いた際に造営されたと指摘し、夢窓疎石による作庭という説は誤りであるとしています。

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また重森は龍門瀑の滝石組について、弘長元年(1261)当時当地に御所を構えていた後嵯峨上皇が、勅招により建長寺にいた渡来僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を上洛させていることや、蘭渓作庭と伝わる複数の庭園に同様の龍門瀑が見られることから、蘭渓による築造の可能性が高いとしています。

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 2017.03.23 Thu 21:11   #
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関東近郊を中心に、古い町並みや建築(近代建築中心です)、日本庭園を訪ねています。どうぞよろしくお願いします。
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